弱者と向き合う医学生 第5部 学び (1)出会う 順天堂大(1)

生活困窮者に食べ物を手渡す順天堂大医学部の学生たち。武田ゼミでは、社会的困難を抱える人々や支援者と出会い、医師の役割を考える=2020年11月4日深夜、池袋駅

 都心のターミナル駅、池袋駅構内は夜10時を回っても人波が途切れることはなく、会社員らが足早に行き交う。

 2020年11月4日深夜、改札脇のわずかなスペースやシャッターが下りた店舗の前、柱の陰に座り込む人々がいた。駅が閉まる終電までの間、構内で体を休める路上生活者らだ。

 「こんばんは。体調はどう?」。女性が目線を合わせながら近付き、朗らかに声を掛ける。国際非政府組織「世界の医療団」のスタッフだった。

 後に続く順天堂大医学部の学生2人も腰を屈め、手作りのおにぎりとパンを差し出す。医療介入の必要があれば、同大教授で医師の武田裕子(たけだゆうこ)さん(59)の出番だ。

 「夜回り」への参加は、武田さんが指導する医学教育研究室の活動の一環だ。同大医学部では、3年生が選択制で基礎研究室配属実習(基礎ゼミ)に臨む。その一つ、武田ゼミでは健康格差をテーマに、貧困や孤立など「健康の社会的決定要因(SDH)」をさまざまな地域活動の中で見いだし、医師の役割を考える取り組みが15年度から行われている。毎年3~6人の学生が炊き出しや訪問診療、子ども食堂に参加し、当事者や支援者から学んできた。

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 国富太郎(くにとみたろう)さん(21)、吉田真子(よしだまこ)さん(21)、山田春花(やまだはるか)さん(22)、宮塚悠子(みやつかゆうこ)さん(22)、渡辺綾(わたなべあや)さん(22)、鈴木絢子(すずきあやこ)さん(21)。この6人が本年度のゼミ生だ。20年10月16日、埼玉県三芳町の公民館で開かれた健康相談会には6人のゼミ生も参加した。

 困難を抱えた外国人からの聞き取りも活動の一つ。妊娠しているが、出産費用が高すぎる。障害がある娘を保育園に入れたいが、どうすればいいか-。「健康」相談会だが、心に抱える不安を解き放つ場にもなっている。

 武田さんはそうした言葉にじっくりと耳を傾け、これまでの活動で培った人脈を生かして解決への道を探る。その姿勢は、患者の社会的な背景に着目して必要な支援につなげる「社会的処方」そのものだ。

 武田ゼミではSDH教育にとどまらず、その先にある社会的処方を学生の目の前で実践して医師の気付きや連携の重要性、さらに地域に患者の助けになる資源があることを自ら体感してもらう。

 「SDHの視点を持ち、目の前の患者に共感的な態度で働き掛けられる医師を育てる」。それが武田さんの狙いだ。

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 本年度のゼミはコロナ禍の影響で秋までずれ込み、20年10月から11月にかけて6週間の日程を組んで始まった。東京・御茶ノ水の雑居ビル1階にある研究室に6人が顔をそろえたのは、健康相談会の4日前、10月12日だった。

 「さまざまなバックグラウンドが見たい」「LGBTQ当事者の国会議員から話を聞けるのが楽しみ」

 ゼミを選んだ理由も、関心があるテーマもそれぞれ異なる。

 武田さんが問い掛ける。「皆さんはSDHという言葉を聞いたことがありますか。『分からない』という今の立ち位置を大事にしよう」

 これまでなかった知識や視点、医師像、そして人々との出会い。暮らしの中にあるSDHと向き合い、「医師として何ができるか」を考え抜く日々が始まった。

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