「正直言って、ホームレスって助ける必要あるの?」
ゼミ生の国富太郎(くにとみたろう)さん(21)が疑問を投げ掛けたのは、順天堂大医学部3年の基礎ゼミ3日目、2020年10月14日のことだ。
民主主義は多数決のようなものだから、少数派が制度の枠から外れるのは仕方ない。全ての人を救うのは現実的ではない-。それが国富さんの持論だった。
「分かりました。この発言に対する考え方を毎週聞いていきます」。指導教授の武田裕子(たけだゆうこ)さん(59)が告げる。この日から、マイノリティーに対する国富さんの考えがゼミを通じた彼のテーマになった。
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東京メトロ要町駅から徒歩10分。入り組んだ狭い路地の奥に、古い民家を利用したコミュニティーホーム「べてぶくろ」がある。
毎週水曜日の夜、池袋で路上生活者支援に取り組むNPO法人のスタッフや元路上生活者が続々と集まってくる。生活困窮者に配るおにぎりを作るためだ。
作業が一段落し、10人ほどの参加者が畳の上で車座になって雑談を始めた。
路上生活になったのは怠慢が原因だろう-。内心そう思っていた国富さんに最初に事情を明かしたのは、支援を受けて住まいを得た中年男性だった。「職場で対人関係がうまくいかず、辞職に追いやられました。親からも縁を切られ、お金がなくなりました」
国富さんの中で小さな気付きが起きる。「困っているときに、支えてくれる人がいなかったんだ」
支援者から水を向けられ、他の元路上生活者たちも過去を話し始めた。災害で恋人を失い人生が一変した人や、公園で寝泊まりしながら少しずつ貯蓄していたものの、新型コロナウイルスの影響で日雇い労働が打ち切られた人もいた。
話を聞くうちに、国富さんは自身が持っていた印象と現実との乖離(かいり)を痛感する。「本人だけの責任だと思うことは、自分たちがイメージだけで語り、知ろうとしていないということだ」
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医学の道に進むのは自然な流れだった。開業医の長男として生まれ、小中高と名門校で内部進学した。「このまま医師になっていいのだろうか。いろんな人に会って新しい体験をしたい」。そんな思いが芽生え、武田ゼミを選んだ。
困難を抱える外国人や路上生活者、そこに手を差し伸べる支援者-。たくさんの人の言葉に耳を傾ける中で、「自分」と「彼ら」とに分けて考えていた国富さんの中に、次第に変化が芽生えていった。
「マイノリティーの人たちは制度から取りこぼされ、多くの人から誤解された上に声を上げられない。だからこそ『仕方ない』ではなく、目を向けるべきだ」。活動最終日となった11月18日。武田さんからの最後の問いに、迷いはなかった。
「医師にとっては患者の一人でも、患者にとってはたった一人の医師。なぜ病気になったのか、その背景まで見て人と向き合っていきたい」。目指す医師像が、少し見えてきた。