「医師なら いずれ直面」 第5部 学び (5)広げる 順天堂大(5)

ゼミの活動の一環で、学生を連れ在宅医療を行う武田さん(左)。病気の診断や治療だけでなく、患者や家族のSDHを考える=2020年11月19日午後、東京都文京区

 がん治療を拒否するその男性患者に出会ったのは2020年夏だった。たまたま別の病気で病院を訪れたところ、がんが見つかった。

 なぜ治療を拒むのか。

 研修医の五島孝幸(ごしまたかゆき)さん(25)が聞くと、男性患者はこぼした。

 「楽しみもないし、身寄りもない。何よりお金がない…」

 現場では患者の意向が尊重される。これ以上立ち入ることはできなかった。「患者の背景に気付けたのはいい。だが、こういう患者に対し、今後どう踏み込んでいけばいいのか」

 貧困や孤立など患者の背景にある「健康の社会的決定要因(SDH)」が病因になることもある。だが、現場ではSDHの概要すらよく知られていない。そんな実感が五島さんにはあった。「正直な話、(病院でも)SDHと言って頭に浮かぶ人はあまりいない。話し合う機会もない」 

    ◇    ◇

 順天堂大医学部付属静岡病院は、全国有数の温泉地、伊豆の国市にある。

 同病院の研修医である五島さんは、順天堂大でSDHについて学ぶ「武田ゼミ」の出身だ。ゼミで印象的だったのは「ホームレスを支援する炊き出し」だという。

 五島さんと同じ「武田ゼミ」で学び、やはり20年春から同病院で研修医を務める若山一生(わかやまいっせい)さん(27)は宇都宮市出身だ。宇都宮高時代にはサッカー部に所属していた。スポーツ医学に関心を寄せ、今は形成外科医を目指している。

 若山さんは言う。「SDHの問題は医師になったら遅かれ早かれ直面する問題。僕たちは(ゼミで学んだ)大学3年生のときに疑問や気付きを持てた」

    ◇    ◇

 穏やかな時間が流れていた。順天堂大教授で医師の武田裕子(たけだゆうこ)さん(59)は昨年11月、定期的な訪問診療で東京都文京区を本年度のゼミ生宮塚悠子(みやつかゆうこ)さん(22)と訪れていた。

 「心配なことはありますか」。この日担当する瀬戸克己(せとかつみ)さん(91)に優しく声を掛ける。体調について確認したほか、瀬戸さんの昔の仕事や亡くなった妻の思い出にも話題は広がった。

 武田さんが「SDH」という言葉と出合ったのは10年に英国に留学したときだ。格差の問題が政策課題になる英国では、この頃から既にSDH教育が行われていた。

 離島の患者を診察した経験やアフガニスタンでの国際協力で感じたことなども手伝い、「SDHの視点を持った医師を育てたい」という思いを強くした。

 「武田ゼミ」の受講生は20年度までに計27人。手応えを感じるとともに期待を寄せる。「一人一人が患者側に立った医療を実践することで、周りにも気付いてもらえたらいい」

 新型コロナウイルスの影響で、格差は拡大の一途をたどる。皮肉にも「SDHが肌感覚で分かる社会になった。SDH教育がますます必要になる」。武田さんはそう時代を見据える。

© 株式会社下野新聞社