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ベッド上で半身を起こした女性が、タブレット端末越しに男女と向き合う。
「ご家族で気になることはありますか」「食事面での不安はどうですか」
そんな問いかけに、女性は手元の紙に目をやりながらぽつりぽつりと答える。
2020年11月21日、埼玉県内の医療、介護、福祉分野の専門職向けにオンライン研修会が開かれた。多職種の連携による緩和ケアがテーマで、医師や看護師、理学療法士など約20人が参加した。
女性は患者役のボランティアだ。56歳で夫と2人の子どもがいる。がんで余命は数カ月。家族との時間を増やしたいが、無理をすれば迷惑を掛けるという心配もある-。そんな設定の下、参加者は同県坂戸市の城西大で待機する女性に遠隔で聞き取りを行う。揺れ動く気持ちにどう寄り添い、ケアするのかを探る。
企画者の一人、埼玉県立大教授の理学療法士田口孝行(たぐちたかゆき)さん(50)は「患者の思いを根本的に聞き出してほしい」と狙いを説明する。
「当事者の暮らしを見て、望みを聞いて、自分の専門性をどう発揮するか考える。そして豊かな生活を作っていくんです」
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研修会は、埼玉県内の4大学が共同で多職種連携教育に取り組む「彩の国連携力育成プロジェクト」の一環だ。看護師や理学療法士などを育てる埼玉県立大、埼玉医大医学部、城西大薬学部、福祉施設の設計などを教える日本工業大が、12年度から実施する。
プログラムは学生向けと現職者対象の2本柱。当事者の思いや多様性を尊重する「ヒューマンケア」を重視することが特徴だ。
埼玉医大准教授の医師柴崎智美(しばざきさとみ)さん(57)は「医学部の学びだけでは社会性を育てるのに限界がある」と感じてきた。患者の家族や生活環境にも目を向け、「より良い暮らし」の実現に向けた連携を目標とする。
学生には、学年ごとに座学での講義や模擬実習、地域の介護福祉施設での体験実習などを課す。異なる専門職を目指す学生が共通の目的を持って学ぶことで、チーム形成の過程や必要性への理解を深める。
城西大特任教授の薬剤師細谷治(ほそやおさむ)さん(54)は「時間を掛けて患者さんの思いを考えることで、関われていなかった隙間の部分が見えてくる。そこを埋めるのが多職種連携なんです」と、教育に連携の視点を取り入れる意義を指摘する。
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きっかけは09年度、埼玉県立大と埼玉医大医学部の共同実習だった。
「診断治療だけでなく、その人が抱えるさまざまな社会的な問題にも応じていくことが必要」。当時は埼玉県立大で連携教育の実現に向けて奔走した、宮城大教授の看護師大塚眞理子(おおつかまりこ)さん(64)の思いだ。
すぐに現場が変わるわけではない。「学生の実習ではすごくいい環境でやれたが、現場では連携がそれほどできておらず学びを生かせない」という声もある。
田口さんは考える。「連携教育を受けた学生が、少しずつ現場に増えていく。その中で、職種間の壁をなくしていければいい」
教育の可能性を信じ、歩みを続ける。