教育、変革の足がかりに 第5部 学び (8)順天堂大 武田教授に聞く

 【プロフィル】1986年、筑波大医学専門学群卒。琉球大、東京大、三重大勤務を経て、英国のキングス・カレッジ医学部地域医療教育部門研究員、米国のハーバード大医学部日野原フェローシップ研究員を歴任。2014年から現職

 新型コロナウイルスの感染拡大は社会状況を大きく変え、私たちの健康が暮らしや経済活動に密接に関わっていることを改めて浮き彫りにした。こうした「健康の社会的決定要因(SDH)」を学生に現場で体験させ、患者に寄り添う医師の育成に情熱を注ぐ順天堂大医学部教授の武田裕子(たけだゆうこ)さん(59)。先進的な取り組みに懸ける思いを聞いた。

■地域が「先生」

 3年次の武田ゼミでは、学生が路上生活者や困難を抱える外国人らと出会い、支援活動を通じて医師の役割を考える。体験型のプログラムは武田さんの学びから生まれた。

 「琉球大学病院に赴任していた2004年に臨床研修制度が始まった。訪問診療に同行した学生が病気の診断や治療以外のところで学び成長していることを実感し、地域の方たちが先生になっていると強く思った」

 「イギリスで行われている実習が現在の教育のモデル。学生が出産前後の女性宅を訪問して変化を学ぶ取り組みで、厳しい環境で暮らす妊婦と出会うこともある。イギリスでは刑務所での聞き取りなどに取り組む上司から『接点がない方たちとの出会いによって学生が得るものが大きい』と聞き、ヒントになった」

■医師にも利点

 武田ゼミは6年目を迎え、SDHの視点を持った若者が医師の道を歩み始めている。本年度から新1年生対象の授業も始まり、順天堂大では医学教育の初期段階からSDHを学ぶ環境が整った。

 「患者の背景を知ることで医師も感情をコントロールしやすくなると言われる。『どうしてこの患者は…』という陰性感情が起きた時に、構造的な要因があることや、その人の歩みの中では医師が思う当たり前がそうでないことに気付けると、より患者側に立って接することができ、医師にとってもプラスになる」

 生物医学的な視点にとどまらず、真の意味で患者に寄り添う医師を増やすには教育が持つ役割が大きい。

 「社会を変えるのは法や制度だが、その手前にあるのが教育。先生が教えるというより、当事者や地域の方の一言の方が学生により伝わる。患者との出会いも医師を育てる。医療者に声を上げにくいかもしれないが、医療機関には患者の声を聞く制度があるはず。医療は患者も一緒になって作っていくもの」

■教材など頒布

 医学生の卒業時の到達目標を示す「医学教育モデル・コア・カリキュラム」にSDHが盛り込まれ、全国の医学部でSDH教育に関心が向けられつつある中、武田さんは志を共にする医師らと協同でウェブサイトの作成に乗り出した。

 国が研究者を支援する科学研究費助成事業による取り組みで、動画教材や論文、講義資料を集約した。

 「授業で使いたいという大学が少しずつ出てきた。歯は経済的な影響が出やすい領域でもあり、歯学部からも声が掛かっている。授業での使い方について研修会を開きたいと考えている」

 サイトでは社会資源の検索もできる。

 「患者に対して何かできないかと考えたときに、必要な制度を検索できる仕組み。また、その地域ならではの資源を書き込めるような作りにもする」

(第5部終わり。この連載は健康と社会的処方取材班が担当しました)

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