「“柵越え○発”はいらない情報」キャンプで専門家は選手のどこを見ているのか?

阪神のドラフト1位・佐藤輝明【写真:宮脇広久】

「無理に柵越えを打とうとし始めたら黄信号。打撃を崩してしまったら本末転倒」

来る2月1日、NPB12球団がいよいよキャンプインする。新型コロナウイルスの影響で当面の間、無観客の実施となるのは残念だが、今年も各メディアを通して、ファンはキャンプの話題に触れることになるだろう。

キャンプといえば、良く目にするのは「柵越え○発」「ブルペンで○球投げ込み」といった話題。しかし、ヤクルト、日本ハム、阪神、横浜(現DeNA)で通算21年間捕手として活躍した野球解説者の野口寿浩氏は「柵越えの本数を数えるのはメディアの自己満足に過ぎない。我々にとってはいらない情報」と断言する。では、プロはキャンプでどこに着目し、選手たちの力量や調整具合を測るのだろうか。

「はっきり言って、キャンプ期間中は報道陣の皆さんにとって取り上げるべきネタが少ない。柵越えの数が大きく扱われるのも仕方がないと理解できます」とも野口氏は言う。その上で「やっている方としては、フリー打撃では『今日は低いライナーを打とう』『明日は徹底的に逆方向へ打とう』という風に、毎日課題を持って打っているので、自ずと柵越えが減る日もある。そういう実情を加味して考えないといけない。キャンプ初日に10発あった柵越えが、2日目に2発に減ったとしても、調子が落ちたとは限らないわけです」と説明する。

野口氏が心配するのはルーキーや若手選手が、この報道に煽られて自分の打撃を見失うケースがあることだと言う。「たとえば、今年の阪神の沖縄・宜野座キャンプでは、2年目のホームランバッターの井上(広大外野手)やドラフト1位ルーキーの佐藤(輝明外野手)が、毎日『柵越え○発』と報じられるでしょう。『“2021年宜野座1号”は誰』というのも目に浮かびます。そればかりに気を取られて、無理に柵越えを打とうとし始めたら黄信号。打撃を崩してしまったら本末転倒です」と指摘する。

外国人の見極めのポイント「やりたいことが伝わってくる新外国人選手はだいたい成功する」

「若い選手がキャンプでアピールすべきは、ゲーム形式での結果です。シート打撃で投手に対する対応力を見せ、紅白戦で結果を出して首脳陣にオープン戦で使ってみようと思わせられるかどうか。そのためには、柵越えの数で一喜一憂しない方がいい」と野口氏は強調する。そして「監督、コーチが若手のフリー打撃を見る場合は、しっかり振る体力はあるか、1軍レベルの投手に対応できそうなスイングか、などに着目します。『柵越えを○発打ったから、試合で使ってみよう』と考える首脳陣は1人もいません」と付け加えた。

野口氏が評論家としてキャンプで新外国人打者のフリー打撃を見る場合には「やりたいことが伝わってくる選手はだいたい活躍します」と言う。昨年のDeNAの宜野湾キャンプでは、新外国人のタイラー・オースティン内野手に釘付けに。「全く引っ張ろうとせず、逆方向のセンターから右へポンポンと柵越えを放っていた。打者にとってアゲンストの風が強く吹く宜野湾では、非常に珍しいことです。あのパワーで、あの打ち方をしていれば、日本でも結果を残すと確信しました」と振り返る。

昨季のオースティンは、守備中にフェンスに激突して首を痛めた影響で長期戦線離脱したが、65試合出場で20本塁打56打点をマーク。アレックス・ラミレス前監督に「ケガがなければ本塁打王になっていたと思う」と言わしめたほどだった。

投手を見るポイントは「投球フォームをトータル的に」

一方で「ブルペンで1日200球超」「キャンプ期間中合計3000球」といった形で報じられる投手陣はどうか。野口氏は「投手によっていろいろな調整法がありますが、調整プランはキャンプイン前にだいたい出来ている。報道にあおられて球数が変わるということはない」と言う。

調整具合は、球数や球速だけでは測れない。「僕が阪神でプレーしていた頃、能見(現オリックス投手兼コーチ)や久保田(現阪神2軍投手コーチ)は最低8~9割の力でバンバン投げて、数もキャンプ期間中3000球に達していました。一方、横浜で見た三浦(現DeNA監督)も、毎日ブルペンに入って100~150球を投げていましたが、全力投球の日があれば、7割程度の日もあった。強弱をつけているのが印象的でした」と個人差を強調する。

「若手が球数をたくさん投げてスタミナをつけるのは、すごくいい方法だと思う。やはり投げるスタミナをつけるには、数多く投げる以外にないと思います。一方、ベテランになれば自分が開幕で100%になる調整法を持っているので、球数を操作しながらになるでしょう」と語る。

野口氏がブルペンで着目するのはどこか。「球速や球威は、日によって変えている投手が多いのであまり見ません」とし「投球フォームをトータル的に見ます。しっかり踏み込めているか、バランスはどうか、スムーズに投げられているか…気持ちよく腕が振れている印象の投手は、その年活躍する傾向があります。首をかしげながら投げているようだと、評論家としても不安になります。それは首脳陣も同じでしょう」と言う。今年のキャンプで専門家のお眼鏡にかなう新助っ人、ルーキーは誰なのか、実に興味深い。(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

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