ロールスロイス・ゴースト、世界最上級のサルーン「前に乗るか、後ろに乗るか?」

昨年10月、日本に上陸してきたロールス・ロイスのサルーン、新型ゴースト。ロールス・ロイス史上でもっとも多く販売されたといわれるモデルはいったいどんな魅力があったのでしょうか? 2日間、一緒に過ごすという幸運に恵まれました。


伝統あるロールス・ロイス

ロールス・ロイスといえば古くから世界各国の王族などにも愛用されてきた押しも押されもしない高級車ブランド。日本においても大正天皇や昭和天皇の御料車として、そして吉田茂が終生愛用したことでも知られ、最上級の代名詞のひとつといえる存在です。

現在のラインナップで、もっとも話題性があるモデルといえば、投入されて間もないSUVの「カリナン」です。さらにパーソナルな存在として2ドアクーペの「レイス」、オープンモデルの「ドーン」といった華やかなスポーツモデルもありますが、やはり王道はサルーンでしょう。ここには「ファントム」と、少しコンパクトな「ゴースト」という2台が揃っていますが、どちらも堂々たるボディにまず目を奪われます。その大きさはかなりのもので、ファントムのボディ・サイズは全長5,770 mm×全幅2,020 mm×全高1,645 mm。

エレガントという表現ぴったりの印象的なリアスタイル

そして今回、ステアリングを握り、共に過ごしたゴーストも、ちょっぴり小さいとはいえ、全長5,545 mm×全幅2,000mm×全高1,570 mmです。ゆったりとしたキャビンとたっぷりとした荷室を実現して、全長は5メートルオーバー。これでもノーマルボディの長さで、ロング・ボディのゴースト エクステンデッドの全長は5,715 mmです。あのリアシートに乗ることが主目的ともいえるメルセデス・ベンツのマイバッハのロング・ボディですら全長が5,290mmですから、その長さはかなりのものです。

そんな存在感あるゴーストですが、2009年に旧型モデルがデビューし、世界的に大人気となりました。今回の新型はその大ヒット作を全面刷新してデビューしたものです。新型発表の際に「旧型から引き継いだのはスピリット・オブ・エクスタシーと傘(アンブレラ)だけ」とメーカーがいうほどの大刷新だったのです。ちなみにスピリット・オブ・エクスタシーとはボンネットフードの鼻先に付いているマスコットのことで、アンブレラはドアに傘を収納するという装備のこと。例え多くの部分が新しくなっても、この二つは変わらないといった意味です。

さらに今回の新型のコンセプトを「すでに建築やファッションなどの分野で確立されている『ポスト・オピュレンス(脱ぜいたく)』というコンセプトのもとにデザインされた」と聞いたとき、一瞬、ロールス・ロイスは何をいっているのだろう?と思いました。正直、贅沢の極みに存在していると思っていたクルマが主張する脱・贅沢とは、いったいどんな世界なのでしょうか?

執事のような走り出し

さっそく鍵を受け取り、フロントドアを開けます。わずかにクリームが混じったような白いレザーが張り巡らされ、なんとも華やか室内が目の前に広がります。そして「なぜ俺はジーンズなんかで来てしまったんだろう」と後悔しました。以前、尊敬する故・徳大寺有恒さんと一緒にロールスに乗ったときのことです。「ロールスに乗るならジーパンはいかん。レザーのパンツも良くない。やっぱりツイードかシルクに限る」と冗談交じりに叱られたことがありました。

確かに、その時の徳さんはツイードのコートを羽織っていました。さらに、そのコートの上からシートベルトをしながら「冬のロールスはこうやって乗るものさ」とも。なんとも楽しい徳さんとの思い出なのですが、そうした儀式のようなものが似合うのもロールス・ロイスなんです。

実はジーパンや金具の付いたファッションで、せっかくのロールスのレザーを痛めるのは忍びない、という理由もあるそうです。さらに白色などは衣服の色落ちであっと言う間に汚れます。これもやはり興ざめということもあるようなのです。それなのに今日は、そうした教えにすべて反するようなスタイルで乗り込んだわけです。

すでに乗り込んだ時点で少々疲れましたが、めげずにエンジンスタートボタンを押します。するとファントムやカリナンと同じ6.75LのV型12気筒エンジンが驚くほど静かに目覚めます。ツインターボで最高出力571馬力、最大トルク850N・mというエンジンの目覚めとして拍子抜けするほど静か。スペックだけを見れば相当に凶暴なはずなんですが、そんな素振りは微塵もありません。

艶やかなセンターコンソール。操作感がソフト

これならば閑静な住宅街の早朝にスタートしても、ほとんど存在が気付かれないほどかもしれません。ここでステアリングから生えている、なんとも頼りなさそうに細いシフトレーバーをドライブに入れます。かすかにシフトショックを感じる程度で、本当に何から何まで操作感がおしとやかです。

アクセルをほんのわずか踏み込んでスタートします。静々と、まさに執事の所作のように穏やかさで加速していきます。エンジン音も走行音もほとんど聞こえてきません。571馬力のパワーを単に速さや爆音という形で誇示するのではなく、静かでしとやかにという表現方法があることを、改めて納得できるのです。100kgもの遮音材を使用しているという静かさがキャビンを支配していますが、クルマはちゃんと交通の流れに乗って加速していくのです。

リアドアは前開きとなり、乗り降りで体も少ないひねりで乗り降りできます

気品ある走りだけでなく

実は走り出す前、ボディが大きなこともあり、少しばかり気遣いが必要だと覚悟はしていたのですが、走り出した途端に大きさをあまり感じなくなったのです。これはベントレーでも感じたのですが、動き出すと小さく感じてストレスがなくなります。もちろん、狭い道路に入るとそれなりに気は遣うのですが、見切りが良くしっかりと運転は快適です。

これも当然のことかもしれません。このクルマをショーファードリブン(運転手付き)とした場合、ドライバーがいつも見切りの悪さにストレスを感じているようではいけないのです。運転のしやすさはロールス・ロイスが求める重要な性能なのでしょう。

メーター類も視認性が良く、ステアリングの操作スイッチも使いやすく配置

当初はナーバスになっていたのですが、これで少し気が楽になりました。さらに楽しくなったのは、「魔法の絨毯」とも形容されるフラットな独特の乗り味です。ロールス・ロイス伝統の極上の乗り心地。ドライブしていても存分にその気持ちよさを感じ取ることが出来ますが、もしリアシートでゆったりと寛いでいたら、どんな世界が広がるのでしょうか?残念ながら今回は一人ドライブ。観音開きのドアを開け、リアシートには座っていませんが、その快適性は容易に想像が出来ます。

ただ単に広いのではなく、リアシートも絶妙なフィット感で体を支えてくれます

この乗り心地はサスペンションの味つけとともに、新開発のプラットフォーム「アルミスペースフレームアーキテクチャー」を採用したことによるところが大きいでしょう。本当にふんわりとしつつも、揺れはすぐにスッと収まり、フラットになります。交差点のコーナーを抜けるにしても極上のフラット感を保ったまま、しとやかに抜けていくのです。

こんなクルマに乗っていると乱暴な運転など出来ませんし、もちろん似合いません。とにかく佇まいだけでなく、走りに気品が感じられます。これ見よがしの贅沢ではなく、品格や気品こそがこれからの高級車に求められる本質。ここに「ポスト・オピュレンス」のコンセプトが見えるように感じました。そんなことを考えながら走っていると、このクルマにずっと乗っていたくなるのです。テスト車とのわずかなデート、別れるのが久し振りに辛くなりました。これで価格は3,590万円。到底手は出ませんが、出来ることならコイツに乗れるような服装ぐらいは準備したいと思います。

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