<社説>ミャンマー・クーデター 民主主義の破壊許すな

 ミャンマー国軍は1日、アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相とウィン・ミン大統領を拘束し、クーデターを実行した。軍は1年間の非常事態を宣言した。 昨年11月の総選挙でスー・チー氏率いる与党・国民民主連盟(NLD)が大勝した。国軍は圧倒的な民意を受け入れず暴力で民主主義を踏みにじった。根付き始めた民主主義の破壊は許されない。スー・チー氏ら拘束者の即時解放を強く求める。

 ミャンマーは1962年の軍事クーデターにより独裁体制が続いた。88年に学生らが中心となって民主化運動が起きたが、軍のクーデターで軍事政権が発足した。軍政は2003年、民主化案を発表し11年に民政移管した。15年11月の総選挙で、民主化運動を主導したスー・チー氏の人気を背景にNLDが圧勝した。

 しかし、軍政が民主化を容認したのは、国際社会で孤立し、欧米による経済制裁によって経済が低迷したからだ。軍政下で起草した現行憲法は、上下両院の議席の4分の1を軍人に割り当てた。改憲には4分の3を超す賛成が必要で、事実上改憲への拒否権を握る。民主体制を装いながら軍は国政で影響力を持ち続けていた。

 軍の影響力を低下させるため、NLDは憲法改正案を提出したが否決された。昨年11月の総選挙でNLDが再び圧勝した結果、憲法改正が現実味を帯びる。

 軍は影響力低下を恐れ、クーデターを引き起こしたという見方がある。選挙をやり直すというが、ピストルで脅しながら投票させるやり方に正当性はない。選挙の透明性も期待できない。

 クーデターを強行したミン・アウン・フライン軍総司令官は、国内のイスラム教徒少数民族ロヒンギャを迫害した「主犯」として国際社会から批判されている。「人道に対する罪」の疑いで国際刑事裁判所(ICC)が捜査の開始を決定した。

 NLD政権に、軍総司令官の身柄を引き渡させないようにするため、クーデターを起こしたとの見方もある。これでは国家の私物化である。

 民主化によって経済制裁を解除されたミャンマーは「アジア最後のフロンティア」と呼ばれ投資が相次ぐ。中国はミャンマーが陸路でインド洋に抜けるルート上にあるため、巨大経済圏構想「一帯一路」実現に絡み影響力を増している。日本との政治・経済的な関係も緊密化している。19年のミャンマーの輸出1位は中国、3位日本、4位米国だ。

 特に民主主義や法の支配、人権などの価値観を重視するバイデン米政権の手腕が試される。米国は国軍に対し追加制裁を科す可能性を示唆した。中国の出方も注目される。

 欧米諸国は相次いでスー・チー氏らの解放を要求した。国際社会はミャンマーを独裁国家へ逆戻りさせぬよう一致団結して取り組むべきだ。

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