松永浩美氏が明かす伝説の「ゲームセット事件」 消えたのは女性ではなかった

ダイエー時代の松永氏。モテモテだったとか

【球界平成裏面史特別編 松永氏を直撃(5)】〝史上最高のスイッチヒッター〟として名をはせた松永浩美は球界の〝お騒がせ男〟でもあった。不器用な一匹狼タイプで酒が強く、ダンディーで、ちょいワル風。女性にモテないはずがなく、伝説になっているのが「ゲームセット事件」だ。付き合っていた女性が別れ際に部屋にマッチ棒で「ゲームセット」と記して消えたというドラマのような話だが、その真相は――。

――阪急時代に女性に逃げられた「ゲームセット事件」という話がある

松永氏 それは泥棒のことですよ! 遠征で後楽園に行っていたら、試合前に「お前のところに泥棒が入ったらしいぞ」って。大阪の豊中市内にあった自宅マンションですよ。まだ独身だし、その連戦が終わってから大阪に帰った。

――犯人はどうやって侵入したのか

松永氏 鍵が壊されていなかったから、スペアを作られたのかもしれない。当時は麻雀したりで、しょっちゅう人が家に遊びに来ていたんですよ。そのへん、無頓着で、車を貸してあげる時も家の鍵と一緒になったキーを渡したり。最初からファンでいてくれた人は裏切らないと思っていたし、途中で知り合った人って怖いな、というのはありました。遠征中で家にいないのを知っている人ですもんね。

――被害状況は

松永氏 隠していた金の延べ板を5枚くらい持っていかれた。犯人はその場所を知っている人ですよ。テレビの番組出演でもらったもので、それを換金せずにずっと置いていた。一枚100万円相当のもので、みんなで飲んでいる時に「こんなの持っているんだよ」なんて言っていたんです。全部で400万~500万円くらいになるでしょう。他にも宝石類や現金も持っていかれて総額1000万以上いかれたかな。

――警察はなんと

松永氏 私に「犯人は誰だと思いますか?」って聞くんですよ。「松永さんが言う人を我々が捜査して間違っていたら、松永さんは『ごめんね』で済むけど、我々はそうはいかない」なんて言われて、ちょっと信用できなくなりましたね。被害状況だけ言って詳しく聞かれても答えなかったです。犯人は捕まらないままですよ。男か女かも分からないし、男が首謀して女にやらせたのかもしれないし。

――遠征中のとんだ災難

松永氏 マスコミもたくさん家に来て、当時はマンション5階だったんだけど、木に登ってカーテンの隙間から写真を撮っている人もいたよ。被害者なんだからねえ。まあ野球やっていたら、いろいろありますよ。

――それがなぜ女性とマッチ棒の別れ話に…

松永氏 全く関係なくて臆測ですよ。女ともめてどうこうなんて私の中では一切ない。別れる時は本人の前でちゃんと言うからトラブルにならない! 独身だし、普通に彼女とか遊んではいましたよ。でも、別れるなら「こういう状況になって君の顔よりも、こっちのほうが頭に浮かんだんだ。ごめんね」って言うよ(笑い)。

――モテ男としても注目されていた

松永氏 週刊誌で神戸のソープ街・福原の「プロ野球選手ベストナイン」の3位に入ったこともありました。いや行ったことないし(笑い)。でも〝遊び人風〟というのはあったと思う。今と違って、ちょっと怖いほうが色気を感じてモテるみたいなところがあったでしょ。昔の阪急なんか、そんな感じの選手ばかりですよ。パンチパーマに銀のブレスレット。新神戸駅で移動の時とか「うわ~。派手な人たちがいるよ~」と思って見たら先輩だった(笑い)。長池徳士さん、河村健一郎さん、高井保弘さんとか〝本物〟より、いかつかったもんね。こっちのほうが強いんじゃないかって(笑い)。

――現在は鹿児島を拠点に野球教室や、かおり夫人とユーチューブ配信をやっている

松永氏 妻は私の感覚と違う感覚を持っているから面白い。野球の技術編もよく見てもらっていて、海外からの視聴者も多いんです。川の流れと松永のしゃべりは止まりませんよ! =終わり=

☆まつなが・ひろみ 1960年9月27日生まれ。福岡県北九州市出身。78年に小倉工からドラフト外扱いで阪急に入団。練習生として用具係を務め、79年に支配下登録された。81年に一軍デビューし、スイッチヒッターとして活躍。92年オフに野田との交換トレードで阪神へ。93年オフにはダイエー(現ソフトバンク)にFA移籍。97年に退団し、メジャーを目指したが、かなわず引退した。盗塁王(85年)のほか、2度のサイクル安打、3試合連続先頭打者本塁打、5度のベストナイン、4度のゴールデン・グラブ賞に輝く。現在は鹿児島県を拠点に少年野球を指導。ユーチューブ「松永浩美チャンネル」「パパ永チャンネル」を開設している。

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