『「目に見えぬ侵略」「見えない手」副読本』㉓国際世論を意のままに作り変える 中国共産党の「浸透工作」を全篇実名で解明し、日米欧を震撼させた『目に見えぬ侵略』『見えない手』。その入門書と言える『副読本』を弊社より発売! 2冊で合計900ページ以上の大著から、奥山真司氏監修のもとエッセンスを抜き出し、見開き40項目だけでシンプルに解説。その中から三項目を特別公開。一つ目はこちら!

【編集部より】

「中国によるオーストラリア、アメリカ、NATO諸国での〝工作〟が余すところなく暴かれている」

話題のクライブ・ハミルトン著『目に見えぬ侵略』『見えない手』。

中国共産党が各国のメディアや政治家にカネやコネを使ってどれほど食い込んでいるか、その真の狙いは何か、留学生や華僑を使って影響力を拡大している「千粒の砂」計画の実態など、すべて実名で詳述した2冊の本が、世界を震撼させている。

まさに各国の対中外交姿勢を転換させるほどの衝撃の内容だった。

2冊の読者からも驚きの反響が編集部に寄せられているが、同時にその「濃すぎる」内容と、2段組みで合計900ページを超える長さに、「事実を知りたいが読み切れない」「途中で挫折した」「なじみのない名称が多く、難しい」という声も寄せられた。

そこで2冊の本の監修・翻訳に関わった奥山真司氏らが「副読本」を企画。「中国がオーストラリアと西側各国で行っている世論工作の手口」を、40項目に分類し、2ページ単位で手短に、わかりやすく、具体的な事例をあげて解説した。

主要人物の顔写真や、「工作」のメカニズムの図解なども多く盛り込み、ポイント部分はハイライトで目立たせ、パラパラと眺めるだけで頭に入ってくる造本を工夫した。

「難しくて読めなかった」という人には、元本のエッセンスやキモが把握しやすいし、「一度は読んだけれど……」という人にも、要点を整理しなおす読書ノート代わりになる。

中国との世論戦・心理戦では、言論と報道の自由が最も重要で、民主主義諸国民の「リテラシー向上」が欠かせない。その入門書に最適の一冊だ。

そこで『副読本』から3回にわたり、その内容の一部を公開する。なお、タイトル冒頭の数字は『副読本』の項目番号。

中国が世界を三つに分類

中国共産党は、中国の体制転覆を狙う西側勢力の動きを何十年も警戒してきた。

民主的な政治思想の流入で内政が不安定化する恐怖を感じたきっかけは1989年、天安門での学生の抗議活動を鎮圧するため軍隊を投入せざるを得なくなり(「六四天安門事件」)、5か月後にベルリンの壁が崩壊、指導部を震撼させたことだった。

2000年、中央宣伝部の職員が西洋諸国は過去10年にわたり「砲煙なき第三次世界大戦」をしかけてきたと主張。この恐怖に基づく「冷戦メンタリティ」が、中国共産党の指導部に「中国に混乱をもたらそうとする敵対的な西側勢力との生死を賭けた戦い」に従事していると信じ込ませる要因となった。

2003年のグルジア(ジョージア)「バラ革命」、04年のウクライナ「オレンジ革命」、05年のキルギス「チューリップ革命」、「アラブの春」の発端となった10年から11年にかけてのチュニジア「ジャスミン革命」など、各地で「カラー革命」が続発すると、北京はさらに恐怖を感じた。

14年の台湾「ひまわり運動」や同年の香港「雨傘運動」、そして19年に始まった香港民主派の抗議デモを、中国を不安定化させるアメリカなど西洋諸国の陰謀としか理解しないのは、そのあらわれだ。

党指導部は、国際世論が中国について抱くイメージを、肯定的なものに置き換える決意を固めている。

その目的は、中国共産党への批判を沈黙させること、党の検閲規範を他の国でも守らせるようにすること、そして「中国的特色のある統治システムの優位性」を宣伝し、現行の国際秩序を中国寄りに作り変えることだ。

習近平は2013年の演説で、中国から見た世界を、「赤」(中国共産党の拠点)「灰色」(中間地)「黒」(否体的な国際世論を意のままに作り変える定的な世論の〝敵対勢力〟圏)の三つのゾーンに分類し、「赤」に引きずり込むため「灰色」の領域に手を伸ばし、「黒」の領域と戦うよう党に指示した(下図参照)。

そこで外国人を分類し、「すでに党に共感している人々」と、「政治的中間者」、そして説得不可能な「強硬派」の3派に分けてアプローチする。主なターゲットは2番目の「政治的中間者」だ。毛沢東はかつて「95%の人民は善良」で、中国共産党の味方になりうると定義した。

「中国モデル」の世界への輸出

自分たちとは異なる意見を持つ外国の政治的中間者に、悪意や計画的な意図がないと見た場合、中国
共産党は(彼らにとっての)正しい視点や正しい立場を辛抱強く説明し、「誤解」を解くよう説得する。

西洋諸国の多くの人々が、中国共産党の脅威や人権侵害を軽視したり否定したりするのは、この説得が成功している何よりの証拠だ。

「黒」の領域では、国内外の一握りの「敵対勢力」が意図的に虚偽の情報を広め、中国共産党を貶めようとしている。その一握りの5%は「人民の敵」だから断固として否定される。

中国共産党は、何の権利もない「人民の敵」を容よう赦しゃなく叩きつぶす。反体制派や人権派弁護士、法輪功信者に対する非常に残忍な扱いを正当化する論理だ。

2008〜09年の「リーマンショック」は、「中国が世界的な発言力を持ち、欧米の秩序に代わって中国の政治経済モデルを提示するチャンス」だと党エリートには映った。

そこで世界の「政治的中間者」に向け、この危機が金融規制緩和の弱点と行政による監視の欠如をどれほど露呈したか強調し、それに比べて、中国のより慎重な改革は、このようなメルトダウンを防ぐことができる、と主張した。

中国の学界では、欧米の統治モデルに取って代わる「中国モデル」の世界への輸出が公然と語られるようになった。中国の大国化は、エドワード・スノーデンの暴露 、無謀なイラク侵攻、さらにトランプ登場でアメリカが「無責任な世界の悪党」になるにつれ、ヨーロッパやアジアで反米主義者たちに歓迎されている。

米国社会の分断と混乱が中国を利する

ブレグジットに象徴される欧州連合(EU)内部での不和、そして2016年のドナルド・トランプの大統領選での勝利は、北京にとって米欧間の同盟関係を弱め、民主主義諸国の結束をさらに弱める戦略的なチャンスとなった。

人種や移民、マイノリティの権利をめぐるリベラルの攻勢は米国社会の分断をますます深め、2度の大統領選でトランプが民主党候補との間で起こした混乱は、「民主主義制度は、必然的に混沌と非効率性をもたらす」という中国共産党の主張を証明するものとなった。

いまやアメリカの衰退と分断は誰の目にも明らかで、国際社会の信頼と協力の崩壊を救い出すのは、アメリカの覇権主義と単独行動主義に対抗する「多国間主義の守り手」中国だ、と印象付ける好機と見たのだろう。

世界の諸問題を解決する最良のアイデアは「中国モデル」に従うことだと、他国に公然とアピールしている。

コロナを全体主義で抑えこんだ中国共産党の政治・経済システムは、欧米の民主政治・資本主義経済より優れているとの主張は、西側各国がコロナ禍を制御できず、経済停滞と貧困増大に苦しむ中、説得力を備えつつある。「中国的解決策」がコロナ後の世界を制する可能性が高まってきた。

2016年7月、国際仲裁裁判所が中国の南シナ海の島々の領有の主張を「国際法上の法的根拠がなく、国際法に違反する」との判断を下した後、対外連絡部は、中国の立場は120カ国の240を超える政党と、世界中の280の著名シンクタンクやNGOから、国際世論の多数派の支持を得ていると主張した。

強大な経済力を持つ一党独裁国家の攻勢に、自由な政治・経済秩序を当然視してきた民主主義諸国の弱い同盟は明らかに劣勢となりつつある。中国共産党は、自分たちはもう世界の世論を変えられる十分な力を持っていると信じているのだ。

© 株式会社飛鳥新社