年金は最大84%増やせるが…「繰下げ受給」5つの落とし穴と回避法

2020年の年金改正では、繰上げだけでなく繰下げのしくみについても見直しがありました。繰下げ、つまり「年金を受け取る時期を遅らせること」により「受け取り額が増加する」というのはメリットがあるものの、落とし穴もあります。本記事では、年金繰下げのポイントと、繰下げたときの落とし穴、そしてその回避法を教えます。


「繰下げ」4つのポイント

(1)増加率が最大84%になる

65歳から受け取る年金を66歳以降に受け取る場合を年金繰下げといいますが、現在は5年間繰下げることができます。今回の改正で2022年4月から繰下げ時期を10年間遅らせることができるようになりました。本来の65歳よりも遅く受け取るので、繰下げ1ヵ月あたり年金額が0.7%増加します。現在は5年間遅らせると最大42%の増加ですが、改正後は10年間遅らせることができるようになり、増額率は変わりませんが最大84%も年金額が増加します。そして、増額した年金額が一生続きます。

この新しい繰下げのしくみを使えるのは、昭和27(1952)年4月2日以降生まれの人ですが、収入がある人や貯蓄がそれなりにある人は、繰下げを検討なさることもよいでしょう。

(2)繰下げの年金を選ぶことができる

年金繰上げの場合は、老後の年金が老齢厚生年金と老齢基礎年金の両方受け取れる人は、両方とも同時に繰上げをしなければなりませんでした。しかし、年金の繰下げは違います。繰下げの場合は、老齢厚生年金だけや老齢基礎年金だけ、あるいは両方とも繰下げることができます。

(3)繰下げの申出をしていなければ、さかのぼって年金を受け取れる

年金を繰下げるつもりでいたがまとまったお金が必要となった場合、それまで受け取っていなかった年金をまとめて受け取ることができます。

たとえば、5年後の70歳から老齢厚生年金を受け取ろうとしていたが、70歳になる前に年金を受け取ることにした場合、65歳にさかのぼってそれまでの年金を受け取ることができます。ただし、受け取っていなかった年金は5年で時効になりますので、仮に6年後の時点でさかのぼって受け取ることにした場合、過去5年分しかさかのぼれません。

なお、さかのぼって年金を受け取る場合には増額はなく、本来の年金額で計算したものをまとめて受け取ることになります。

(4)繰下げの申出をしていなければ、遺族が未支給の年金を受け取れる

繰下げの手続きをする前に本人が亡くなった場合、同居の遺族が未支給の年金として増額されない額をまとめて受け取ることができます。

「繰下げ」5つの落とし穴

以上、繰下げのポイントでした。次は、繰下げの落とし穴です。現行の5年間繰下げ制度での落とし穴について、主なものをお伝えいたします。

(1)加給年金額や振替加算の取り扱いに注意

老齢厚生年金に加給年金額が加算されるはずの人が繰下げを選ぶと、年金を受け取らないので加給年金額は加算されません。そして、年金を受け取るようになって加算される場合でも、年額約39万円の加給年金額は増額の対象外です。また、老齢基礎年金に振替加算が加算される人が繰下げを選ぶと、年金を受け取らないので振替加算は加算されません。そして、振替加算も増額の対象外です。

(2)待機中に他の年金の権利が発生すると増加率が確定

公的年金には一人一年金という原則がありますので、遺族年金や障害年金を受け取っている人は老後の年金を繰下げできません。したがって、老後の年金を受け取るまでの間に障害年金や遺族年金を受け取る権利ができると、その時点で繰下げの増加率が確定してしまいます。ただし、障害基礎年金のみを受け取っている人は老齢厚生年金を繰下げることができます。

たとえば、次のような場合です。妻が老齢基礎年金を5年間繰下げて70歳から受け取ろうとしていたところ、妻が68歳の時に夫が亡くなり、妻に遺族厚生年金を受け取る権利が発生したときは、その時点で繰下げの増額率が確定するということです。これは、妻と夫の立場が入れ変わっても同じです。

(3)在職老齢年金の影響がある

在職老齢年金というしくみがあります。受け取っている老齢厚生年金と収入の合計額によって年金額が少なくなるしくみです。そのため、65歳以降に在職老齢年金のしくみによって受け取れる年金額が少なくなる人が繰下げた場合、少なくなった金額に増額率を掛けた額になります。

たとえば、本来の老齢厚生年金の額が100万円の人が在職老齢年金のしくみにより年金額が80万円になるケースでは、5年間繰下げた場合に受け取る年金額は80万円に42%増加した114万円弱になります。142万円になるわけではありません。

(4)繰下げて受給開始直後に死亡したら

年金を繰下げると増額された年金を受け取れるようになりますが、受け取り開始した後に亡くなってしまった場合、受け取っていなかった期間の分の年金をさかのぼって受け取ることはできません。

たとえば、5年間繰下げ、70歳から受け取り始めてからわずか2ヵ月で亡くなった場合に、65歳から70歳になるまでの5年間に受け取らなかった年金をさかのぼって受け取ることはできません。

(5)遺族厚生年金の額は増えない

妻に支給される遺族厚生年金の額は、夫が受け取っていた老齢厚生年金の額の4分の3になります。しかし、年金を繰下げていた夫が亡くなった場合に、増額された老齢厚生年金の額の4分の3になるかというと、そうではありません。夫が繰下げていたとしても、増額される前の年金額の4分の3となります。

以上、繰下げの落とし穴でした。

今回の法改正で年金繰下げができるのは、原則として昭和37(1962)年4月1日以前生まれの人が2022年4月以降に繰下げ請求した場合です。そして、繰下げによる増額率は1ヵ月当たり0.7%のままです。一度繰下げの請求をすると取り消しはできません。そのため、繰下げの請求をすると過去にさかのぼって年金を受け取ることはできなくなります。

「繰下げ」落とし穴の回避策

読んでいて混乱した人もいるでしょう。「繰下げは、もらいたくなったら5年分はさかのぼって受給できたり、自分が死んでも遺族が未支給分をもらえたりするのでは?」と。それは、「繰下げの請求をしていない場合」になります。つまり、落とし穴を聞いたうえで、それでも「繰下げ」を選択したい人は、「繰下げの請求をしないという選択」も賢いといえるでしょう。65歳以降も年金の請求をしなければ、自動的に「受給繰下げ待機」の状態になります。

ただし、「受給繰下げ待機」は「繰下げ請求」を行ったときより変化に柔軟な状態とはいえ、繰下げできる期間が5年から10年になると、さらに落とし穴が複雑になる予定です。繰上げと同様、繰下げするかどうかも、慎重にお考え願います。

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