被告の姿を描く「法廷画家」という仕事 この道25年、勝山展年さん

法廷画家の勝山展年さんが描いた、判決を聞く河井案里前参院議員

 仕事場は刑事裁判の法廷―。そう聞いてまず浮かぶのは裁判官や検察官、弁護士といった職業だが、社会の注目が高い事件では法廷の様子をスケッチする「法廷画家」も欠かせない存在だ。千葉県白井市在住の法廷画家勝山展年(かつやま・てんねん)さん(77)はこの道約25年のベテランで、誰もが知る裁判に数多く立ち会い、100人を超える被告の姿を描いてきた。「限られた時間で被告の機微を描写しなければならない。何年やっても難しいがやりがいもある」と語る。(共同通信=永井なずな)

 ▽報道各社が依頼

 日本では、刑事訴訟規則や民事訴訟規則により裁判中の撮影や録画が認められていない。写真や映像に代わって被告の表情や動作を描写する法廷イラストは、臨場感を持って裁判の様子を伝える役割を担っている。資格は不要で、報道各社がフリーのイラストレーターに依頼することが多い。

法廷画家の勝山展年さん

 勝山さんは前橋市の出身。東京都の美術大に進学しイラストを専攻し、都内の広告代理店に就職後、広告のデザインを多数手がけた。転機は90年代半ば。バブル崩壊で広告収入が激減し、リストラに遭った。再就職先を探していた時、「オウム関係者の大型裁判が始まる。法廷画家が足りず、多くのマスコミが描ける人材を探している」と、知人から仕事を紹介された。

 ▽「どう猛なクマ」

 まず、練習として開廷中の法廷を傍聴した。作業スペースは、傍聴席に座った際の自分の膝の上。「とにかく狭くて不安定。こんな場所で作品を仕上げる技量はない」と打ちのめされた。仕事がない日も自主的に裁判所へ通い、裁判の進行や被告の動線を頭に入れた。

 1996年、オウム真理教事件の公判で法廷画家デビューした。「どう猛なクマみたいだ」。教祖松本智津夫元死刑囚=当時は被告=を目の前にし、けおされた。緊張と恐怖で震える手を動かし、目を閉じたまま質問されてもほとんど答えない男の姿を画用紙に写した。

 長時間粘っても被告の後頭部しか見えず失意に暮れたり、被告の不遇な身の上を聴いて涙で手元がぼやけたりと、「いろんな経験を重ねる中で描くスピードが上がり、被告の予想外の挙動にも大慌てしなくなった」。

初の裁判員裁判の初公判に臨む裁判員と中央の法服を着ている裁判官。被告の姿は描かれていない

 司法制度の変革も目撃した。2009年5月に、裁判員法が施行。同年8月に開かれた初の裁判員裁判では、真剣なまなざしで並ぶ裁判員を記録した。同制度は刑事裁判に一般市民の感覚を反映させる目的で導入され、裁判官と市民から選ばれた裁判員が、殺人などの対象事件で有罪や無罪、量刑を判断する。「被告の姿を描き込まなかった法廷画は、後にも先にもあの時くらい」

 仕事は時間との勝負。報道各社が契約した法廷画家と数分交代で一つの傍聴席を利用するため、「白紙から描き始めては新聞の〆切に到底間に合わない」。ニュース映像や新聞紙面で被告の風貌や体格を予習し下書きをあらかじめ作成し、当日、実際に見た被告の目や口元を手際よく描き加える。

 ▽描きにくかったゴーン被告

 複数の被告が出廷する時はさらに忙しい。証言台に立つ並び順は、被告の関係性や肩書から予想してラフ画を準備するが、「東京電力旧経営陣3人や河井夫妻の裁判は、どちらもハズレた」と苦笑いする。

 法廷に持ち込む道具は、スケッチブックと鉛筆、練り消しや定規。「うっかり落としても拾う時間がない。予備の鉛筆は必需品」。

描きにくかったカルロス・ゴーン日産自動車元会長

 100人を超える被告を描いてきた。「がちがちに緊張して一点をずっと見つめる人がいれば、全く逆で落ち着きがない人もいる」。日産自動車のカルロス・ゴーン元会長は絶えずきょろきょろしており、「静止している時間がなくて描きにくかった。顔のパーツがはっきりしていて線で捉えやすいのが救いだった」と振り返る。「芸能人や俳優の整った顔が難しい。端正な顔は、ほんの数ミリでも筆を誤ると、バランスが崩れる」

 ▽担い手

 新型コロナウイルスの影響で最近、被告がマスクを着用するようになった。「顔の大部分が覆われ、正直慣れない」。髪形や体格で雰囲気を出すよう努めている。

マスク姿の河井克行元法相と河井案里前参院議員

 法廷画家に必要な素養は「描くスピードと、司法の場という独特の雰囲気に物おじしない性格かな。挑戦した友人の画家には『頭が真っ白になって描けなかった』と諦めた人も多い」。

 注目を集める大きな裁判は年間でも限られ、「法廷イラストの仕事一本では食べていけない。多くのイラストレーターが、デザインや書籍の挿絵など他の仕事と兼ねている」という。自身のように年配の法廷画家は少なくないといい、「裁判の世界は難しいという印象からか、担い手は多くない。若手が興味を持ってくれれば」とも願う。

自身が描いたイラストが掲載された新聞を眺める勝山展年さん

 目の前の人物を正確に記録する法廷イラストを描くようになり、以前は弱みと感じていた没個性な自身の作風が強みに変わったという。「自分の作品が事件に対する人々の印象を左右するかもしれないという重責がある分、やりがいがある」

 作品のでき映えに満足したことは一度もない。「被告の何げないしぐさや顔色をもっと豊かに表現したい」。仲間の画家とデッサンの練習を重ねる日々だ。

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