世界合同プロレス!オカダ語った「夢プラン」と「ベストバウト論」

オカダはコロナ終息後の夢を語った

47回目を迎えた東京スポーツ新聞社制定「2020年度プロレス大賞」で受賞者インタビューのトリを飾るのは、もちろんこの男だ。新日本プロレスのオカダ・カズチカ(33)は、内藤哲也(38)とのIWGPヘビー級・インターコンチネンタルダブル選手権(昨年1月5日、東京ドーム)が年間最高試合賞(ベストバウト)に選ばれ、東京スポーツ新聞社・酒井修代表取締役社長からトロフィーと表彰状を授与された。プロレス史に残る名勝負製造機は「ベストバウト論」と新型コロナウイルス禍終息後の「夢プラン」を語った。

――昨年を振り返って

オカダ ネガティブにはなりたくなくて、すごくいい年だったなと。好きなものを再認識できましたし、時間があるからこそ自分の体のことを考えたりもできた。今までだと痛めててもなんとかやっちゃってたとこもあるんですけど、こういうケアをしながらやっていかないといけないなとか。ボロボロになってプロレス人生を終えるんじゃなく、終えてからもいい体でいられるように、いろいろ考える時間になりました。

――IWGP戦線に絡めなかった部分は納得できていないのでは

オカダ その分は今年やっていきたいです。ここまで結果が出ないのはなかなかないことでしたし。2022年は新日本プロレス50周年じゃないですか。オカダここにありという活躍をしたいですから、そのためにも21年を大事にしたいです。

――ベストバウトは通算8度目の受賞で天龍源一郎の通算最多記録にあと「1」と迫った

オカダ 意識はしてないですけど、天龍さんも僕に抜かれるんだったらしょうがないかなと思うんじゃないですかね。引退試合の相手もしてますし。僕ならいいでしょ。超えたら超えたで、なんか言われるかもしれないですけど(笑い)。

――7年連続のベストバウトは前人未到だ

オカダ 逆に誰が止めるんですかね? 止められたとして(話題の中心は)「オカダが7年連続で途切れた」なのか「8年連続を阻んだこの試合」になるのか。どっちでも楽しみですね。

――名勝負を生み出す秘訣はあるのか

オカダ 僕はベストバウトだけが全てではないと思ってるんです。例えばビッグマッチではない会場でも、初めて見に来た子供にとっては初めて見たヤングライオンの試合が忘れられない試合になるかもしれないじゃないですか。

――自身も見る側としてそういう経験が

オカダ 中学生のときに(愛知県)岡崎市竜美丘会館で初めて見た闘龍門の試合は忘れられないですし、メキシコで見たデスマッチも衝撃的でした。記憶が塗り替えられていくことはあると思うんですけど、どこで誰がどういう気持ちで見ているのかって分からない。だからベストバウトにノミネートされないようなシチュエーションであっても「忘れられない試合」を1試合でも多くやりたいなと。どの試合でも誰かのベストバウトになってるんじゃないかなっていう気持ちを心がけてます。

――コロナ禍で声援が出せない会場において「ベストバウト観」に変化はあるか

オカダ 歓声は出てないですけど、拍手に気持ちが乗ってるんですよね。ただの拍手じゃないんですよ、今は。こういうふうにプロレス見たらいいんだってお客さんも分かってきたと思うので。拍手しかできない会場でも僕たちを奮い立たせてくれますし、心を動かす試合は心を動かすんだなって。

――MVPを受賞した19年度の授賞式ではオールスター戦を提唱した

オカダ 正直、今はオールスターとかは考えられなくて。おのおのが自分たちの団体で精一杯やってパワーを出す時ですよね。落ち着いたらやってもいいかなと思いますし、それこそ僕は、その時は世界中の団体で世界のファンのために試合をするべきだと思います。

――コロナによって世界中が苦しんでいる

オカダ 難局を乗り越えた後で面白いことができたら。できれば世界中のいろいろな団体、WWEやAEWや、新日本が絡みがなかったところも含めて。どこの団体がもうかるとかじゃなく、ファンに「うわー、プロレスっていいよね。ここまで応援していてよかったよ」って思ってもらえるためにできたらいいなって僕は思いますね。

☆オカダ・カズチカ 1987年11月8日生まれ。愛知・安城市出身。中学卒業後に闘龍門に入門し、2004年8月にメキシコでデビュー。07年に新日本プロレスに移籍し、米国遠征帰国後の12年から一躍トップレスラーに。IWGPヘビー級王座を5度獲得し、最多連続防衛、最多通算防衛記録を保持。4度のプロレス大賞MVP(12、13、15、19年度)は歴代2位タイ。20年1月5日東京ドーム大会の内藤哲也戦で7年連続、通算8度目のベストバウトを獲得した。必殺技はレインメーカー、マネークリップ。191センチ、107キロ。

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