
中学受験に関する数字を森上教育研究所の高橋真実さん(タカさん)と森上展安さん(モリさん)に解説いただく本連載。
1月10日、首都圏の受験シーズンの始まりとなる埼玉県の中学入試がスタートしました。その結果、かつてないコロナ禍での中学入試の動向が分かってきました。
この連載が最終回となる今回は、今年の受験者動向の予想と、来年以降の中学入試の展望を解説します。
今回の中学受験に関する数字:6,044人
6000人以上が受験した栄東中学
<タカの目>(高橋真実)
中学入試の今、私立中学の今をお伝えしてきました「モリの目タカの目」は今回が最終回となります。これまでお読みいただき、ありがとうございました。
最終回の数字「6,044人」は、先ごろ行われた栄東中学の第1回入試出願者数です。
1月10日に解禁になる埼玉県内の私立中学入試は、首都圏の中学受験生の腕試しの場(いわゆるお試し受験)ともなります。その中でも栄東中学第1回入試は毎年6,000人を超える受験生がチャレンジします。
今年は第1回入試を2回に分け、1月10日と12日に実施。受験生一人ひとりの机の三方をアクリル板で囲うという徹底した感染対策の上で行われました。例年通りに受験生が集まるのか、関係者の注目が集まりましたが、結果は受験者数対前年マイナス183人、受験率96%(昨年の受験率98%)と、大幅な減少にはなりませんでした。
首都圏の受験者は増加?
年内に行われた模試の受験者数動向などから、今年首都圏の私立受験者数は増加するのではないかと予想されています。リーマンショック後に減少した受験生は2016年に増加に転じ、その後上昇傾向を続けてきました。今年はこうした傾向が続くだろうということです。
休校期間中のオンライン授業の対応も、受験者が増える要因となっているようです。昨年12月に行った森上教育研究所の調査によると、春の休校期間中、首都圏の私立中学の多くが4月中にオンライン授業をスタート、ホームルームや個人面談もオンラインで実施していたことがわかりました。
私学ならではの「面倒見の良さ」
自宅にあるデバイスの使用を求めた学校も、用意できない生徒には学校が貸与するといった対応をとっていました。こうした私学ならではの「面倒見のよさ」が、これまで中学受験を考えていなかった人たちにも、受験に向かうきっかけとなったケースもあるようです。
前述の調査からは、休校期間中のオンライン授業の取り組みをきっかけに、一斉登校開始後の授業でもICT活用が進んだことがわかりました。今回のコロナ対応によって学校はどう変わっていくのでしょうか。そして来年以降の中学入試はどう変わっていくと考えられるのでしょうか。
今年の入試に影響した3つのインパクト
<モリの目>(森上展安)
「モリの目タカの目」も今回が最終回とのこと。最後の数字である「6044人」は、首都圏随一の受験者数に象徴される中学受験の今後の行方について、中期展望を書きなさいということだろうと思います。
今年の入試は従来にはない3つほど大きなインパクトがあったのではないかと考えています。そうしたインパクトがあったからこそ、受験者数が思いのほか増加を示していると思うのです。
なぜなら「モリの目」としても当初、リーマンショック級の不況が直撃すると捉えて、家計に依存する中学受験は同時に需要が低下するのではないか、と考えられたからでした。(結果的にハズレました!)
しかし、コロナ禍で非常事態宣言が出され、学校が閉鎖されて局面が一変しました。すなわち公立小学校は閉鎖されたけれども、塾と私立中学はオンライン授業を導入し、授業を続けたことが第一のインパクトだったと思います。
繰り返し放送されたコロナ禍の入試風景
第二のインパクトとなったのは、様々なテレビ番組で取り上げられた首都圏最大規模の栄東の入試のあり様でした。これが徹底したコロナ対応入試で、三密対策がなされていたことです。
受験生を送迎する自家用車の駐車場になった運動場、ソーシャルディスタンス確保のため空席を作った教室、入試日を2日に分けて半減した受験者数――など、どれをとっても、なるほど私学はこうなのかと「絵になる」カットがくり返されました。
そして第三のインパクトは、止めを刺すように大学入試共通テストが16、17日に行われ、この入試改革最大の「正体」が姿をあらわにしたことです。
高大接続改革と称されながら改革の目玉は次々と消えていき、残ったのが指導要領改訂に伴う入試問題の変化でした。従ってこれを改革というわけにはいかないのですが、入試傾向の大幅な改変こそが大人にも子どもにもわかり易く映ったようです。
初めて行われた大学入学共通テスト
では、どう変わったのか。新聞やネットブログなどで見られるように、データなどを読みとれなければ埒が明かない「その場で考える」問題の増加したことです。
もちろん、これまでも「考える」問題は出題されていましたが、そうはいっても問題に習熟して解答を学ぶいわゆるパターンプラクティスが王道であったわけです。典型的にはチャート式数学や、その私立中高一貫校向け教材に多く採用されている『体系数学』の技法だと言えば、現場としてはわかり易いでしょう。
しかし、これからの共通テストに出題される問題は「探求」がテーマになっていると言えます。同じ数Ⅰや数A、あるいは数Ⅱや数Bでも、身の回りの事象を数学的なアプローチで解決することが重視されます。
これらも“パターンプラクティス”で切り抜けることもできなくはありませんが、むしろそんな必要はなく、場面に即してどんな問題なのかと考えることが大切になります。
これまでの入試対策が通用しない
いわば問題をたててしまえば、その解法はコンピュータを活用すればよいから、問題を立てるためにどのような解法があるのか、大まかな理解があればよいことになるのです。
しかし、基本的な技法は身につけなくては解法の理解もできないので、従来の数学で学ぶ基本は同じです。応用する部分が純粋数学的な問題というより、身の回りの事情の数学的アプローチを問う、というように変化します。
数学がわかり易いので数学を例にとりましたが、当然ながらデータを統計的に処理して、社会的な問題を解決することは、社会科あるいは理科にも求められることです。数学の技法をどのように現実的課題に応用するかは、他の教科にとっても欠かせません。
保護者と教育現場への衝撃
新しい共通テストは、このような課題を高校と中学の教育現場にまざまざと見せつけることになったといえます。
つまり、このオンライン授業、三密防止入試、最後に共通テストとなったワンツースリーのパンチにより、これは私立中高一貫校あるいは公立中高一貫校でないと、大学進学には太刀打ちできないのではないか、と保護者も教育者も側も受け止めたのではないか、と思うのです。
もちろん、しばらくすれば公立中学から公立高校に進むルートでも、このような教育が実現してくことになるはずですし、また、そうなるべきです。しかし、少なくともこの5年くらいは、変化対応に時間がかかるのではないでしょうか。
その意味で、「タカの目」さんの問いかけである「これからの中学受験はどうなるのか」に対する答えは、私立中学の変化対応能力の高さが、当面は保護者、受験生の支持を得る、というのがモリの目の見立てです。
―長らくのご愛読ありがとうございました。