楽天選手の心に寄り添う“聡子の部屋”の主に直撃 「お母さんのように支えたい」

楽天の管理栄養士を務める長坂聡子さん【写真提供:楽天野球団】

島内宏明外野手が明かして脚光「お陰でメンタルを保つことができた」

田中将大投手の復帰で盛り上がる楽天。昨年オフには、ひょんなことから“縁の下の力持ち”が脚光を浴びた。コロナ禍に翻弄された昨季、主力打者の島内宏明外野手が「眠れない日があって、いろいろな人に助けてもらった。特に、栄養士の方にいろいろ話を聞いてもらって、なんとかメンタルを保つことができた」と明かしたのだ。島内をはじめ選手たちが慕う球団コンディショニング部コンディショニンググループ管理栄養士、長坂聡子さんの素顔に迫った。

「楽天には名物“聡子の部屋”がある。僕の場合は、試合終了後に1時間くらい、アドバイスをもらうというより、優しく話を聞いてもらって、それに救われました」。島内は昨年12月に契約を更改した際、報道陣とのやりとりの中でそう語った。

本拠地・楽天生命パーク宮城の、ロッカールームから食堂へ向かう通路の途中に、長坂さんが普段仕事に利用している部屋がある。試合前、食事を終えた選手数人がコーヒーを手に長坂さんの部屋に立ち寄り、30~40分間食事やコンディションについて、時には雑談を交わし、「じゃあ、行ってくるわ」と“戦場”のグラウンドへ向かうこともある。

長坂さんの本職は、1・2軍を問わず、楽天生命パーク宮城、泉犬鷲寮、キャンプ地や遠征先の球場、宿舎ホテルに至るまで、選手の口に入る全ての食事をチェックし、調整することだ。2016年に就任し、6年目を迎えた。「食事の取り方や体重を強く意識する選手が、年々増えています。そこまで考えているのかと驚かされることもあります」と手応えとやりがいを感じている。

特に栄養価が高い野菜として薦めるブロッコリーやトマトなどは、選手の間で人気。「サラダ用に何種類か緑黄色野菜を中心に出すようにしていますが、1番早く減るのがブロッコリーですかね。どの野菜を取っても栄養価の高いメニューになるように調整していますが、ブロッコリーはほとんどの選手が食べています」とうなずく。

十把一絡げではなく、選手1人1人の食事プランを考え、提案し、相談に乗る。「選手の食に対する意識はそれぞれ違います。食事プランについて話をしていても、そのプランの理由を細かく知りたがる選手がいれば、これをこのタイミングで食べると良い、という答えだけが知りたい選手もいます。ピッチャーでも、登板日へ向けて調整していく先発投手と、毎日投げる可能性がある中継ぎ投手では、エネルギー補給の仕方や体重のコントロールの方法などが変わってきます。発汗量にも個人差があって、飲む水の種類や量を話し合いながら決めたりしています」と説明。「常に高いパフォーマンスを発揮することが求められる選手たちなので、その選手に合っていて、かつ実践できる方法を考えるようにしています」と語る。

こうした食事に関する細かいやり取りが、信頼関係を生み、いつしかいろいろな悩みを打ち明けられることも増えた。「野球チームは基本的に男性ばかりなので、女性で、コーチとも立場が違う私に話しやすさを感じてくれているのもしれませんね。それに食事というのは、プロ野球選手としてだけではなく、普段の生活にも関わる部分ですからね」と受け止めている。

楽天の管理栄養士を務める長坂聡子さん【写真提供:楽天野球団】

2012年ロンドン五輪では日本選手団をサポート

一方で「メンタルの専門家でない私が言ったことが、選手のコンディションやパフォーマンスにマイナスに働かないように、不確かなことを言わないように気をつけています」と心得を明かす。「私は食事の専門家なので、食事に関しては、私が言ったことを選手が100%実行したとしても絶対に失敗しないと自信を持てる事しか提案しません。その他の事についての話は、他愛もない話だったり、私に答えを求めているわけではないと思える事もありますが、選手を知るためには重要だと思うので、じっくり耳を傾けるようにしています」。

ここ数年、「自律神経失調症」を訴える選手が増えるなど、プロ野球界でもメンタルのケアは重要な課題となっている。「ただ、ひと口にメンタルの問題と言ってしまうと、本当の原因が薄れてしまうこともあると思います。食事がメンタルに影響することもありますし、パフォーマンスが上がらないことでふさぎ込んでしまうケースもあるでしょう。原因を明らかにしないと、解決策が見つけられないのではないかと思います」と長坂さんは強調する。実際、「眠れない」と訴える選手の中にも、食事のチョイスや過不足が原因で睡眠の質が落ちているケースがあるため、栄養面は必ずチェックする。

兵庫県生まれだが、幼少の頃から巨人・長嶋茂雄終身名誉監督の出身地として知られる千葉県佐倉市で育った。「才能はなかったのですがスポーツが好きだったので、スポーツに関わる仕事がしたいと思っていました」。楽天に所属する前は日本スポーツ振興センター(JSC)に勤務。2012年ロンドン五輪にはスタッフとして日本選手団に帯同した。

楽天は入団創設以来、優勝は2013年の1度だけで、長坂さんの入団後はまだ1度もない。「もちろん優勝してほしい気持ちはありますが、私の仕事は、選手が打席やマウンドに立った時に、食事面であれをやっておけばよかったと後悔することなく、その時に出せる力を100%発揮できる状態で送り出すことだと感じています」とキッパリ。

今年、オンラインで行われた年明け最初の球団コンディショニング部のミーティングでは、「お母さんのように時にはやさしく、時には崖から突き落とす感じで、選手をサポートしていきたいと思います」と宣言したとか。こういうスタッフがいるから、選手は奮い立つ。(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

© 株式会社Creative2