ウォーターズ竹芝に「JR東日本四季劇場[春]」オープン 国鉄・JRとミュージカルの関係を紐解く

「ウォーターズ竹芝」は東側を東京港、北側を汐留川に挟まれた、〝水都・東京〟を象徴するエリアです。 写真:JR東日本

2020年10月にまちびらきしたJR東日本の複合施設・ウォーターズ竹芝(東京都港区)に2021年1月10日、劇団四季の新しい劇場「JR東日本四季劇場[春]」がオープンし、こけら落とし公演の『劇団四季 The Bridge ~歌の架け橋~ 』が上演中です。同じエリアでは、「JR東日本四季劇場[秋]」のほか、ホテル「メズム東京、オートグラフ コレクション」、ショッピングゾーン「アトレ竹芝」などが開業済みで、今回の四季劇場[春]ですべての施設が出揃いました。

斬新さの中にも落ち着いた雰囲気を感じさせる「JR東日本四季劇場」外観。余談ながら左側の高架上を走るのは新交通システム・ゆりかもめです。 写真:阿部章仁
『劇団四季 The Bridge ~歌の架け橋~ 』の最初のハイライトシーン「オープニング 劇団の原点」 写真:荒井健
『The Bridge』では、『美女と野獣』のナンバー「人間に戻りたい」も演じられます。 写真:荒井健

ご注目いただきたいのは、JR東日本と劇団四季が並ぶ劇場名。両社は単なる大家と店子の関係を超えて、30年以上にわたり力を合わせながら日本のミュージカル文化育成や定着に貢献してきました。〝祝・四季劇場[春]〟の意味合いを込め、国鉄時代にさかのぼるJRグループと劇団四季の関係をたどってみましょう。

プロローグ~国鉄の敷地が仮設劇場に~

物語の始まりは36年前の1985年、2年前の1983年に東京でミュージカル『キャッツ』のロングラン公演を成功させた劇団四季は、次の公演地に大阪を考えていました。しかし、同じ劇場でのロングラン公演という文化のなかった当時の日本では、既設劇場の継続利用は難しい。そんな時に力を貸したのが国鉄でした。

テントスタイルの仮設劇場が造られたのは、国鉄大阪駅北側の西梅田コンテナヤード跡地。当時の国鉄貨物は、輸送量が減少傾向をたどっており、今は高層ビル群に建て変わった西梅田に巨大な空地が発生していました。国鉄内には一部反対もあったと聞きますが、大阪鉄道管理局の幹部が部内を説得。大阪の「キャッツ・シアター」は、最終的に東京公演を抜く13ヵ月のロングラン公演を実現して、民営化を目前にした国鉄関係者に芸術の持つ力を認識させました。

第1幕~JR札幌駅構内に専用劇場オープン~

時は流れて1993年9月、JRと劇団四季の物語の舞台は北の大地に飛びます。初めての劇団四季の専用劇場、「JRシアター」がオープンしたのはJR札幌駅構内。客席数は約1000席でした。

当時、私は交通新聞社の札幌の支局に勤務。「舞台芸術家にとってロングラン公演は夢のまた夢だが、一つの劇場に同じ演目を長期間掛ける習慣のない日本では、アメリカ・ニューヨークのブロードウェイやイギリス・ロンドンのような長期公演は不可能と考えられていた。その点、JRシアターの試みはきわめて先駆的・画期的なものといえる」のコメントを、東京のデスクに送信したことを覚えています。

JRシアターが建設されたのは札幌駅南口と、当時のJR北海道本社(現在は桑園に移転)に挟まれたエリア。将来的に駅を再開発する構想がありましたが、計画が始動するまでの間、空地を劇場として有効活用することにしました。

JRシアターはJR北海道と劇団四季のほか、地元の新聞社と放送局が共同運営。当初の期限とされた1996年8月までに、こけら落としの『オペラ座の怪人』を皮切りに、キリスト最後の7日間をモチーフにした『ジーザス・クライスト=スーパースター』、名画をミュージカル化した『イリヤ・ダーリン 日曜はダメよ!』など、劇団四季の14本のミュージカルや舞台劇を上演。途中のJRシアターフェスティバルでは、脚本家・倉本聰さんが主宰する富良野塾などの公演も行われ、北海道にミュージカル・劇場文化を根付かせました。

1997年4月から3年間の延長期間に入ったJRシアターは札幌凱旋公演になる『キャッツ』に続き、『美女と野獣』などのミュージカルを上演。1999年に延べ123万人動員の記録を残して幕を閉じました。

スピンオフ

ここで中休みをいただいて、JRシアター前夜の話題。国鉄・JR用地でのミュージカル上演には、企業対企業という以上に芸術文化に理解を示す国鉄・JR幹部の力が大きかったわけですが、現在は立場が変わられた方も多いので、本稿で個人名を挙げるのは控えさせていただきました。

そんな中でも、一つだけ紹介したいのがJR西日本とJR北海道にあった「JR応援団の集い」。東京に本社を置いて全国一本だった国鉄に比べ、JR西日本やJR北海道の考え方はどうしても東京で伝わりにくいと考えた両社幹部が、作詞家の故阿久悠さん、東京大学教授の坂村健さん(当時)ら有識者をメンバーに結成した、現代風にいえばアドバイザリーボードです。

私は大阪の西日本支社で金沢での会合、札幌の支局では北見での集いなどを取材しましたが、数多くの有益な意見はJRシアターなどとして実現。両社を地域一番の企業に育てる原動力になったようです。

第2幕~国鉄汐留駅隣接地に常設劇場~

札幌に続くJRと劇団四季の第2幕は1998年、東京で幕を開けました。東京都港区に、「JR東日本アートセンター四季劇場[春]」と「JR東日本アートセンター四季劇場[秋]」の2劇場がオープン。両劇場はともに、JR東日本が施設を所有し、劇団四季が運営に当たりました。大阪のキャッツ・シアターや札幌のJRシアターとの違いは、期間限定でなく期限を定めない常設劇場とした点です。

2つの劇場が設けられたのはJR浜松町駅東側約400mのJR社有地で、昨秋のウォーターズ竹芝(正式には「Waters Takeshiba」)のコラムにも書きましたが、国鉄汐留駅隣接地。現在のJR東日本からは飛び地になります。初演のプログラムに選ばれたのは[春]が『ライオンキング』、[秋]が『ミュージカル李香蘭』でした。

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その後、[春]はライオンキングを2017年まで20年近くにわたりロングラン公演、[秋]は『ジーザス・クライスト=スーパースター』『劇団四季ソング&ダンス』『コーラスライン』『エビータ』『サウンド・オブ・ミュージック』といった多彩な演目が上演されました。開設時に標榜した、ミュージカル文化定着という目標は十分に果たされました。

両劇場は、JR東日本の「竹芝ウォーターフロント開発計画・Waters Takeshiba」のスタートで、2017年で一旦クローズドになりましたが、ウォーターズ竹芝のまちびらきに合わせて2020年10月、「JR東日本四季劇場[秋]」がオープン。さらに満を持して今回、「JR東日本四季劇場[春]」が幕を切って落としました。

両劇場のプロフィールを簡単に記せば、[秋]は約1200席で、こけら落とし公演の『オペラ座の怪人』をロングラン上演中。年明けにオープンした[春]は[秋]を上回る約1500席の規模で、収容人数は劇団四季専用劇場として最大規模になります。

『オペラ座の怪人』。怪人がクリスティーヌをさらって地下に船で向かいます。本当の湖のような舞台装置とスモークに注目! 写真:阿部章仁
『オペラ座の怪人』の「マスカレード」シーンでは、仮面舞踏会で踊る出演者の華麗な衣装に目を奪われます。 写真:阿部章仁

エピローグ~鉄道は文化をも運ぶ~

JR東日本四季劇場[春]の開場記念作品に選ばれたのは、『劇団四季 The Bridge ~歌の架け橋~ 』。新劇場にふさわしい新作ショウで、「劇場は生きている。最初に何を響かせるかはとても大切なんだ」という劇団創立者・故浅利慶太氏の熱い思いが、物語のいたるところに散りばめられています。タイトルには、コロナをはじめとする困難な時代を乗り切りたいという強い意志、そして四季劇場が「明日への架け橋になる。劇団四季や、その作品があらゆるものにとっての『来し方』と『行く末』を架け橋になる」の願いが込められているように感じます。

『The Bridge』は2021年2月11日で終了。その後しばらくの幕間を挟んで、6月からディズニーの最新ミュージカル『アナと雪の女王』の上演が予定されています。

読み返せば少々気負った書き方になってしまいましたが、実際の舞台は楽しさいっぱい。珠玉の四季ナンバーが相次いで繰り出され、四季ファン、ミュージカルファンはもちろん、ミュージカル鑑賞は初めてという方も十分に楽しめるでしょう。

本稿は国鉄、JR北海道、そしてJR東日本の取り組みを中心に紹介しましたが、ほかのJRグループや私鉄各社もさまざまな形で文化振興に貢献しています。「沿線の劇場でのイベントにツアーを組んで、増収に役立てる」という直接的な狙いもありますが、それよりむしろ、「鉄道は旅客だけでなく、文化を運ぶ手段でもある」の思いがあふれるようです。

文:上里夏生 写真協力:劇団四季

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