女性排除の体質露呈した森氏発言 民主主義と呼べぬ日本の政治

By 江刺昭子

 日本は民主主義の国だと、ほとんどの人が思っている。しかし、公的領域を男性が占め、女性を排除してきた日本の政治は、本当に民主主義と呼べるのか。政治学者の前田健太郎さんが2019年に刊行した『女性のいない民主主義』(岩波新書)は、こうした問題意識から、政治に切り込んでいる。

女性理事発言について、取材に応じる森喜朗会長=2月4日午後、東京都中央区

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の女性蔑視発言は、まさに女性を排除する政治の世界に染まりきった人が、その非民主主義的な体質を図らずも露呈したといえる。(女性史研究者・江刺昭子)

 国内だけでなく、欧州の在日大使館や欧州連合からの「黙ってないで」「男女平等」などのハッシュタグをつけたSNSへの投稿が広がっている。(リンク)2月7日には日本オリンピック委員会が入る東京都新宿区のビル前で、森会長の退任を求める人たちの抗議行動「サイレントスタンディング」があった。

 こんな反応がある一方で、7日のテレビ朝日「サンデーステーション」で評論家の田原総一朗さんが「森さんの家はね、完全なかかあ天下よ」と擁護したのにはあきれた。森さんの家庭が女性優位かどうかという問題ではない。公人としての発言が問題なのである。

 キャスターやコメンテーターがどの程度、ジェンダー(社会的性差)から自由か。彼らの意識や感覚もあぶり出されてくる。

 問題が大きくなったのは、「女性の理事がいると会議が長くなる」という発言に加えて、とりあえず開いた「謝罪会見」の態度が、自分の誤りを理解しているとは到底思えないという印象を与えたからだ。心の中は何も変わっていない。ほとぼりが冷めれば、平気でまた同じような発言を繰り返すにちがいない。多くの人がそう思った。

 しかし、これは森会長だけの問題ではない。スポーツ界だけでなく、日本社会全体のジェンダー後進性を象徴する出来事とみるべきだろう。森会長は政治の世界で、位人臣を極めた人である。その政界こそが、女性たちの挑戦を、厚く、高い壁ではね返し続けていることを想起しなければならない。

 わたしたちはこれまで、保守政治家や枢要な地位にある人たちから、どれほど女性蔑視発言を浴びせられ続けてきたことだろう。森会長はかつて「子どもを1人もつくらない女性の面倒を、税金でみなさいというのはおかしい」と言った。

 職場で女性にハイヒールやパンプスを強制することについて「社会通念に照らして業務上必要かつ相当な範囲かと思う」と述べた大臣も、「女性はいくらでもうそをつけます」と言い放った女性議員もいた。極め付きは「女性は産む機械」という当時の厚生労働相の発言だろう。

パンプスやハイヒールを強制しないでと訴える「#KuToo」活動のイメージ

 そのつど批判の声があがるが、形ばかりの謝罪会見をしたり、開き直ったりして、本人も自民党も乗り切ってきた。

 男尊女卑思想が盛んだったのは近世の武家社会。女性は無知で従属的な存在であり、男性よりも劣ると捉えられていた。明治になって欧米から近代的な思想が輸入されても、政治の中枢は士族(旧武士層)が占めていたから、古い女性観は法や政治制度の根幹を貫き、牢固として揺るがなかった。

 戦後、新憲法の制定や民法の改正によって、参政権や教育の機会均等、家制度の廃止といった男女平等の法的基礎が築かれた。しかし、うわべの制度が変わっても、社会的な差別と差別意識は簡単には崩れない。

菅内閣発足後の記念写真。女性閣僚はわずかに2人=20年9月16日(代表撮影)

 長い時間をかけて1999年6月、ようやく男女共同参画社会基本法が公布された。前文は男女共同参画社会の実現を「21世紀のわが国社会を決定する最重要課題」と位置づけ、次のように敷衍(ふえん)している。「男女が、互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い、性別にかかわりなく、その個性と能力を充分に発揮することができる男女共同参画社会の実現は、緊要な課題となっている」

 森会長はこの法律が公布された当時、自民党幹事長の職にあった。与党の要にいて、法案の審議から成立まで立ち会い、趣旨もよくのみこんでいたはずだ。それなのに、会議における女性の存在が邪魔だと言わんばかりの言葉は、なんということだろう。そういう意識の人を要職につけて「余人をもって代え難い」とする日本社会のありようが悲しい。

 冒頭に上げた新書『女性のいない民主主義』は、政治学の代表的な学説を紹介しながら、それらにジェンダーの視点が欠如していることを指摘する。たとえば「政治の基礎となるのは、政治共同体の構成員による話し合いである」とされているが、そこに女性がほとんど参加できておらず、話し合いに基づく政治が行われていない。法的には男女平等でも、それは男性による支配であって、実質的には不平等なのではないかと述べる。

 では、真の民主主義国になるにはどうすればいいのか。一つは男女の割り当てを決める「クオータ制」を導入して女性議員の数を増やすことだという。自民党政権が続くとしても、国会議員の男女比が均等に近づけば、女性と男性の両方に目配りをした政策が選ばれることになっていくだろうと。

政治学者の前田健太郎さん=2015年11月26日撮影、東京・本郷の東京大

 著者の前田さんは「おわりに」で、「男性として、極めて標準的な、『主流派』の政治学の伝統の中で育った」自分が「ジェンダーの視点を導入することで、これまでは見えなかった男女の不平等が浮き彫りになり」「今までは民主的に見えていた日本の政治が、あまり民主的に見えなくなる」経験をしたと明かす。著者にとってフェミニズムとの出会いは「驚きの連続であった」。

 1980年生まれ。研究者として気鋭の著者は、古いパラダイムにしがみつくことなく、新たに手にしたジェンダーという概念の鋭い切れ味を喜ぶ。

 「想像もしない角度から自分の世界観を覆されることは、反省を迫られる体験であると同時に、刺激に満ちた体験でもあった」

 男女平等に向かう歴史の足どりは一直線ではない。らせんを描き、行きつ戻りつしながら、それでも前に進むだろう。その歩みを進めるのは、著者のような人たちであろう。

 学問の世界だけでなく、政治でもスポーツでも、自らにとっては未知の新しいやり方や考え方に、公平に開かれた姿勢で対し、よいものを取り入れて、自己変革していく。そこに、確かな希望を見る。

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