ヨーロッパ有数の工業国・スイスの鉄道に注目! ダイヤや運転方法も日本の参考になります

スイスの鉄道で日本で最も有名なのはこのカット。「箱根登山電車」を漢字でペイントした電気機関車が走るレーティッシュ鉄道は、同じ山岳鉄道の箱根登山鉄道と姉妹鉄道の提携を結びます。 写真:松澤 暢夫 / PIXTA

日本の鉄道技術輸出の話題が続いています。鉄道チャンネルにも、「五洋建設がシンガポール・マレーシア国境鉄道の敷設工事受注」「日本コンサルタンツ(JIC)がジャカルタ都市高速鉄道(MRT)の運営維持管理サービス受注」といったニュースが掲載されています。日本のメーカーや鉄道事業者が海外に市場を求めるのと同じく、世界のメーカーも日本進出の機会を虎視たんたんと狙っています。

世界鉄道市場の有力国の一つが、ヨーロッパ屈指の工業国・スイスです。スイスの鉄道は総延長約5100km(一般鉄道)で、国鉄以外の鉄道事業者がおよそ70社(日本はおよそ200社)もあるのが特徴。スイスは山岳国で、トンネルが多いのも日本との共通点といえます。スイスの鉄道を総体的に語る力は私にないので、これまで見聞した話題をアラカルト的に並べてみましょう。

技術輸出の傍らで海外企業の日本進出も

6回目の「鉄道技術展」のオープニングでは、スイス鉄道産業協会の代表もテープカットしました。 (筆者撮影)

スイスの話に入る前に、「鉄道技術」をキーワードに日本と世界を大局的に眺めてみます。日本の鉄道システムの海外展開、つまり技術輸出が成長戦略の柱になっているのは改めて紹介するまでもないでしょう。その一方で、〝逆攻勢〟ともいえる海外メーカーの日本進出が散見されるようになっています。

そのことを実感したのが、少し前になりますが、2019年11月に千葉市の幕張メッセで開かれた6回目の「鉄道技術展」。EU(欧州連合)やスイスの企業連合がパビリオンを構えたほか、日本プラッサー(主力製品は軌道・機械関連データ管理システム)、クノールブレムゼ鉄道システムジャパン(トータルブレーキサプライヤー)といった日本法人を持つ外資系企業も、積極的に自社技術を発信しました。

日本が鉄道システムの海外展開を目指すのは、成熟期に入った日本の鉄道市場が飽和状態なのに対し、世界をみれば都市への人口集中や自動車による環境問題で鉄道が注目を集めるようになった背景があります。日本の鉄道業界は世界進出の傍らで、一層の市場開放を迫られています。欧州勢には、鉄道が社会インフラとして機能する(鉄道が日常的に利用される)日本が、十分に魅力的なマーケットと映るのでしょう。

スイス鉄道産業協会は鉄道技術展に大型ブースを出展。国際会議場でセミナーも開催しました。(筆者撮影)

100年に一度のモビリティ革命で海外メーカーにチャンス

私は海外勢の攻勢を、もう少し別の角度でとらえています。現在、「100年に一度のモビリティ(移動)革命」と称されるように、交通をめぐる技術は大きな変革期に差し掛かっています。従来、日本の交通業界は鉄道は事業者、自動車はメーカーがトップに立ち、関連企業や協力会社がピラミッドのように連なる事業構造でした。しかし、ICT(情報通信技術)やIoT(モノのインターネット)、AI(人工知能)といった次世代技術が次々に繰り出され、第4次業革命と称される現代は、新技術のすべてを鉄道事業者や自動車メーカーが自社開発するのは到底不可能です。

スタートアップ(ベンチャー)企業でも、海外勢でも、ノウハウを持つ企業と手を組むのが早道で、それが得策といえるのです。〝ヨーロッパの鉄道王国・スイス〟のメーカーと協業する日本企業が増えているのも、そうした点が背景にあるのです。

ヨーロッパアルプスが鉄道を救った!?

中世の面影が残る首都・ベルンには、次世代型路面電車のLRTが走ります。 写真:bloodua / PIXTA

ここからはスイスの話。最初に、日本とスイスの鉄道の類似点を挙げてみます。現代のヨーロッパは完全な〝クルマ社会〟ですが、唯一の例外といえるのがスイス。スイスで鉄道が見捨てられなかったのは、山岳国という国土条件が主な理由で、建設費に道路財源を充当するスキームが確立しているのも鉄道の衰退を防ぎました。

スイスの場合、最近の鉄道新線建設は都市近郊の短絡線などのバイパス線が中心です。日本でも2019年11月に開業した「相鉄・JR直通線」、2021年1月にJR東日本が事業許可を受けた「羽田空港アクセス線」をはじめ、整備新幹線を除けば、鉄道新線は既設線の連絡線や延長線がほとんどで、これが両国の共通点といえます。

高品質のダイヤで利用されるスイス鉄道

鉄道チャンネルの読者諸兄に興味を持っていただけそうな、スイス鉄道のダイヤの話題を披露しましょう。日本でスイス鉄道研究の第一人者といえるのが高知工科大学の大内雅博教授で、ここではセミナーで聞いた講演内容をエッセンス的にまとめてみました。

スイスは鉄道が自動車よりシェアを伸ばす数少ない国ですが、その理由は国鉄に当たるスイス連邦鉄道が利用しやすいダイヤを組み、高品質の輸送サービスを提供してきたから。スイスの面積は九州とほぼ同じで、人口は860万人ほど。輸送量は日本の地方幹線と同程度で、条件的に恵まれているわけではありません。

スイスは環境負荷軽減を狙いに国策として連邦鉄道を支援しますが、「鉄道が支持されるのは、質の高い輸送サービスが利用者に受け入れられるから」というのが、大内教授の基本的な見解です。

同時に集めて、同時に散らすダイヤ

スイスの都市間高速列車「インターシティ」は最高時速200kmで運転。車両は2階建てという特徴があります。 写真:crossborder / PIXTA

利用しやすさのシンボルが、2大都市のチューリッヒ、ジュネーブの中間にあるビール/ビエンヌ駅。ここにはチューリッヒ、ジュネーブのほかベルン、ローザンヌといった8都市からの路線が集まります。ダイヤは同方向8本の列車の到着・発車時刻をそろえ、わずかの待ち時間で乗り継げるように工夫します。広大な駅構内に8本の列車が並ぶ光景は壮観そのもの。「同時に集めて、同時に散らすダイヤ」と表現されたりします。

一般路線もダイヤを工夫します。長距離列車と近郊列車を組み合わせ、1時間当たり2本、30分に1本は列車が来るようにダイヤを組みます。日本も同じですが、30分以内に列車が来れば利用者は「待たされた」という感覚を待たなくてすみます。

運賃の計算方法も独特です。日本は最短ルートで計算しますが、スイスは遠回りのルートで算出します。少々高額の運賃を支払っても、国民全体が支えることで連邦鉄道の経営を成り立たせているのです。

大内教授は、すべてを鉄道に頼るのでなく、場合によっては代行バスを走らせるなどスイスの合理的な考え方も紹介。日本の鉄道に応用できる点として、「難しいかもしれないが、列車をある程度の頻度で走らせれば鉄道に対する抵抗感を解消できるのでは……」と提起します。

スイスの鉄道についてもっと知りたい方は、大内教授の著書「時刻表に見るスイスの鉄道―こんなに違う日本とスイス」(交通新聞社新書)をどうぞ。

レーザースキャナーと鉄道用電子機器

ライカジオシステムズのトンネル計測イメージ 画像:ライカジオシステムズ

最終章は、日本法人を置くスイスの鉄道部品メーカー2社をご紹介。ライカジオシステムズはおよそ200年の歴史を持つドイツの高級カメラメーカー・ライカの関係会社で、線路保守に有用な3次元レーザースキャナーを日本向けに輸出します。線路の歪みやトンネル内壁などをレーザー計測し、補修の必要性を判断します。最近は、航空機搭載型のセンサーも商品化します。

ハスラーレイルのビジュアルイメージ 画像:ハスラーレイル

ハスラーレイルは鉄道用電子機器やセンサー、ディスプレイなどのメーカー。得意分野は鉄道車両の速度検知システムで、万一のトラブル発生時には原因を解析して、再発防止に向けた情報を鉄道事業者に提供します。センサーを駆使して車両を状態(常態)監視するこれからの時代に、必要とされる技術系企業といえそうです。

文/写真:上里夏生

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