わたせせいぞう、大衆と真正面から向き合った時代の表現者 1986年 6月 東急電鉄の各駅に「わたせせいぞう」のポスターが掲出された月

わたせせいぞうが描いた80年代サイエントマジョリティの「憧れ」

「その映像は、本当にその時代の大衆を映したものなのか?」―― かつてTVディレクターだったときも、大学で教壇に立ってからも、ときどき自分に問いかける。

その時代を象徴する世相風俗をテーマに資料映像をさがすと、どうしても奇抜な輩に目がいきがちである。ジュリアナお立ち台女だったり、ヤマンバギャルだったり、竹の子族だったりするわけだ。

だが、それがニュース映像に残っているということは、その当時もそれが特殊な人々であったということ。世間の大半は、そうではなく、平々凡々な人々なのである。

ふつうの人。マーケティング的にいうと「サイレント・マジョリティ」ってやつだ。

80年代のサイレント・マジョリティの「憧れ」を絵にしたのが、わたせせいぞうのイラストではないだろうか。

わたせせいぞうの代表作「ハートカクテル」

何気ない日常の中の小さな幸福感とか、誰にでもありそうな男女の機微とかを上品な感じ(悪く言えば、全くエロを感じない)で描く、コンサバの世界。わたせせいぞうの代表作『ハートカクテル』は、非モテな私にはまぶしすぎる存在だった。

そのあまりにお洒落な作風ゆえ、パロディにされることもたびたび。私も、本音ではいいなぁと思いながらも、周りのサブカル野郎どもが わたせせいぞうをクサしてる状況下では、週刊モーニングでの連載を楽しみにしてるなどとは大っぴらには言えなかった。

内心いいなと思っていても、ファンだと告白するのが憚られるような風潮は、オフコースに対しても一時期あった。若者特有のカッコつけである。素直に、好きなものは好きと、なぜ言えなかったのだろう。

わたせせいぞうや小田和正がすごいのは、そんな巷のチンケな批判をものともせず、モノ言わぬ大衆の気持ちをグッとつかんで、真正面から表現したことだ。

街角の女性をスケッチ、世相風俗を正しく伝える資料

さて、そんな心の屈折した青年が、ひそかに保管していたのがこのポスター。1986(昭和61)年の春に、東急電鉄の各駅に貼られていた。わたせせいぞう人気がピークの頃である(今のようにコンプライアンスが煩くない時代、使用済みの中吊りやポスターは貼り替えのオジさんに頼むと、割と簡単に入手できた)。

注目すべきはポスターの女性。

ミハマのぺたんこ靴に白いストッキング。ちょっとダボッとしたスプリングコート。この頃からかな、女の子がリュックを背負うようになったのは。前髪を上げたショートカット。当時の流行がすべて入っている。こういう街角の女性のスケッチこそ、世相風俗を正しく伝える資料だと思う。

代表的なBGMは松岡直也、ショートアニメ「たばこ1本のストーリー」

同じく1986年10月にはショートアニメが金曜深夜の日テレ系で始まった。各話いろんな音楽がBGMにつけられていたが、代表的なのは松岡直也。

日本たばこ(JT)の一社提供で「たばこ1本のストーリー・ハートカクテル」と番組タイトルに冠名が付いていて、劇中の小道具としてタバコがよく登場した。この「彼女の名前」の回でも松岡直也の音楽とともにCABINの箱が印象的にインサートされているが、そんなことよりも、この男の妄想っぷりは、さすがにヤバいと思う。

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※2016年2月17日、2019年2月15日に掲載された記事をアップデート

カタリベ: @0onos

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