総統は「世界で最もパワフルな女性」 台湾、「割り当て制」で進む政治のジェンダーフリー

台湾の蔡英文総統=2020年1月(共同)

 台湾は女性の政治参加を急速に進めてきた。国会に当たる立法院(定数113)で女性の立法委員の占める割合は40%を超え、世界でも男女平等が進んでいる北欧諸国に引けを取らない高さだ。2016年に初の女性総統となった蔡英文氏は、米経済誌「フォーブス」が毎年選ぶ「世界で最もパワフルな女性」100人の常連でもある。台湾は、独裁体制を打破して民主主義を勝ち取る過程で、女性の権利も大幅に改善させた。(共同通信=松岡誠)

 ▽変わる男性優位

 「アジアで台湾だけが導入している『クオータ(割り当て)制』が効果を上げた」。立法委員の范雲氏(52)は説明する。李登輝総統(当時)の下で民主化の歩みを加速していた1990年代、野党だった民主進歩党(民進党)は、候補者の一定比率を男女に振り分ける同制度を党則に規定。その後、立法院は地方議員の当選者のうち4分の1を女性に割り当てる法律を制定した。

米経済誌フォーブスが選ぶ2020年の「世界で最もパワフルな女性」100人。蔡英文総統は37番目に入っている(フォーブスのホームページより)

 さらに同党の陳水扁政権による2005年の憲法改正で、クオータ制は憲法に明示され、立法委員の比例区(定数34)当選のうち半数は女性にするとした。范氏は「女性候補は与野党両方にいた。女性枠を確保しても政党間の競争に影響を及ぼさないので、すんなり受け入れられた」と振り返る。これで勢いを得て女性の比率は増加し、95年の約14%が08年には約30%、昨年の選挙では約42%となった。

蔣介石(AP=共同)

 中国共産党との内戦に敗れた国民党の蔣介石、蔣経国父子ら大陸出身者が支配していた台湾は、中国の儒教などの影響を受けた伝統的な男性優位の社会だった。政界も男性が事実上独占していたが、民主化の過程で発展した女性の権利向上を求める市民運動と制度改正が政治と社会を大きく変えた。

 2000年に発足した陳政権で呂秀蓮氏が初の女性副総統に。16年に総統に就任した蔡氏はアジアで、政治家の家系出身ではなくトップに上り詰めた数少ない女性だ。

 クオータ制は1990年代半ばに米国の活動家から台湾に伝えられたという。その後、民進党の女性発展部長としてクオータ制導入活動に深くかかわっていた彭婉如さん(当時47)が96年にタクシー運転手に殺害される事件が発生した。范氏によると、事件は台湾社会に衝撃を与え「女性には生命の安全すら保証されていないか」との声が一気に拡大し、導入の機運が盛り上がった。

 「法制化により権利を守ることで、社会の意識は変わる。進歩した社会の要求に応じてさらに権利保護の法制化が進む」(范氏)。男子だけが相続していた遺産の男女平等化や、子供の名字を父親限定から両親いずれかから選択できるとした法律も制定された。

 ▽闘争で勝ち取る

 一方、列国議会同盟(IPU)によると、日本の衆院議員に女性が占める割合は9・9%に過ぎない。クオータ制について一部政党で議論の兆しはあるが、導入の見通しは立っていない。

 台湾の識者は「日本は民主主義を第2次大戦後、米国から授かった。台湾は長い闘争を経て勝ち取ってきた」と指摘。蔣父子独裁体制の時代、激しい弾圧にもかかわらず、民主化活動を続けてきた歴史への自負をにじませる。日本はそうした経験が薄いと指摘し、男性優位の文化は「日本の方が根強い」との見方を示す。

台湾台北市で取材に応じる立法委員の范雲氏=1月28日

 范氏は、女性の割合が増えたことで「福祉や育児など女性の関心が強い分野にまで議題の幅が広がった」と話す。女性議員の多様化も進み「女性代表」とのプレッシャーも薄まったという。次の世代の女性たちに活躍の場を広げることができたとも感じている。

 ただ民間企業のトップ層が男性主体であることや、セクハラ多発など「台湾の抱える課題はまだ多い」と指摘。また、女性の立法委員が約42%を占め、女性が総統であるにもかかわらず、行政院(内閣)の女性閣僚が1割強しかいない現状を「不合理だ」と批判する。

 蔡氏は陳政権下で対中政策を主管する大陸委員会主任委員(閣僚)や行政院副院長(副首相)を歴任してきた。范氏は「今の蔡氏が総統として活躍できているのは、閣僚などの経験があるからだ。能力のある女性に経験を積ませることが重要だ」と強調。陳政権下で女性閣僚が約20%だったこともあったと指摘し、「閣僚の3分の1は女性とする」との規定制定に取り組んでいく考えだ。

 ▽森発言には配慮?

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長による3日の女性蔑視発言に対する反応は低調だ。台湾メディアは日本の報道を引用して事実関係を伝えるにとどまり、政府関係者もコメントを控えている。

台湾総統府で会談する蔡英文総統(右)と森喜朗元首相=2020年8月、台北(中央通信社=共同)

 森氏は昨年7月に李登輝氏が死去したのを受け、8月と9月にそれぞれ訪台して弔意を表明したり告別式に参列したりした。台湾紙編集幹部は「蔡政権は弔問に駆け付けてくれた森氏を大切な友人と位置付けている。森氏の過去の問題発言は台湾では余り知られておらず、尊敬している国民も多い」と指摘、配慮姿勢の背景を説明した。

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