[古賀心太郎のドローンカルチャー原論]Vol.10 航空法の変遷とその背景を振り返る(後編)

航空法はドローンの産業を阻害する?

巷でよく、"航空法などの規制のせいでドローン産業が進展しない"とか、"日本の航空法はますます厳しくなっている"という意見を耳にします。

ひとつひとつのルールの追加や変更には、言うまでもなく、社会で起こった問題や環境の変化が反映されています。ルールがなぜ定められたのか?その背景は何か?そのルールがなかったら、どんなことが起こるのか?主観的な感想や思い込みではなく、客観的に考えて法律と向かい合うことが重要です。

今回も前編に引き続き、航空法の主なルールがどのように変わってきたか、時系列で追っていきたいと思います。航空法が改正されて約5年。様々な規制の変更がありましたが、いくつかの重要なポイントに絞って振り返ってみましょう。

催し会場での飛行での規制強化(2018年1月)

岐阜県大垣市で、ドローンを使ってお菓子を観客に撒くというイベント中、ドローンが制御不能に陥り、観客に落下するという事故が起きました。この事件は、航空法改正以降、第三者の人が傷害を負った初めてのケースとなり、ドローン業界に大きな衝撃を与えました。

事件後、イベントにおける飛行方法と申請について、いくつかの点で改正がなされます。まず第三者である観客との間に確保すべき水平距離が明確化されました。航空法の中では、「〜の付近では飛行させない」というような曖昧な表現が多用されているのですが、このとき初めて飛行禁止(第三者の立入禁止)エリアが定量的に定義されました。

また、機体の安全性の確認やプロペラガード等の安全対策の義務化、風速を考慮した飛行速度の制限も追加となります。

催し場所上空での飛行にあたっての必要な安全対策(国土交通省)

しかし、ドローンパイロットたちにもっとも大きな影響を及ぼしたのは、催し場所上空での飛行は包括申請することができなくなってしまった、という点でした。イベントでの飛行のたびに毎回申請をしなくてはならなくなったため、急な業務依頼に対応することが難しくなり、特にイベントの空撮を業務としているパイロットにとっては、大きな負担となってしまったわけです。

この事件が規制を強化したことは事実ですが、安全確保の距離が数値で定められたことは、個人的には良かったと思っています。例えば、鉄道や高速道路などの「付近」もドローンの飛行が禁止されており、以前は飛行可否の判断に困るケースがありましたが、現在は、僕はこの水平距離のルールに基づいて飛行範囲を決めています(あくまで催し場所での飛行時に義務付けられているルールですが、人間の安全を確保するための距離を他の対象物に適用しても問題はないはずです)。

この事件は、たったひとつの事故が航空法のルールを大きく変えてしまうことを示した、非常にショッキングな出来事でした。1度のフライトが、日本全国のパイロットに影響を及ぼしてしまう様を見て、身が引き締まる思いをしたのはみな同じだと思います。

「人口集中地区+夜間飛行」の禁止の徹底(2019年)

公にルールが変わったとアナウンスされたわけではありませんが、自分の業務において割と大きく影響を受けたのが、この変更です。

前編で説明した通り、「航空局標準マニュアル」には包括申請の場合「人口集中地区(DID)では夜間飛行は行わない」という条件が記載されています。包括申請する際に「DIDでの飛行」と「夜間飛行」の両方にチェックを入れたとしても、その二つの条件が重なる飛行は基本的にはできません。しかし、数年前までは、追加の安全対策を飛行マニュアルに記載することによって、飛行条件は限定されますが、DID+夜間飛行の包括許可を得ることが可能ではありました。

しかしながら、都市部でのドローンに関連した事件が多発してきたこと、住宅地などでの夜間飛行のリスクに対する懸念が大きくなってきたことから、2019年頃を境に、現在ではDID+夜間の包括許可は受けられないことが徹底されています。都市部の夜間に、不審ドローンの目撃例が増えたことがこの変更の要因として挙げられますが、これは次にご説明する飛行情報共有システムの導入とも関係しています。

飛行情報共有システムFISSの導入(2019年7月)

2019年5月、皇居周辺などでドローンと思しき物体が飛んでいた、という目撃事件が発生しました。事件直後、「DID+夜間」の包括許可を持っている自分のところにも、この日に飛行していなかったどうかの確認の連絡が航空局からありましたが、「犯人」が見つからないことに関係機関が慌てている様子をこのとき感じ取りました。

結局その飛行物体を特定することができなかったのですが、これはテロ対策の観点から見過ごせない問題だとして、政府や警察、国交省の中で大きな懸念が湧き上がります。そこで、日々日本中を飛行しているドローンについて、飛行場所と日時を把握するシステムの整備が急務となりました。

2019年7月、「飛行情報共有システム (通称"FISS")」が導入されます。これ以降に許可・承認を受けたすべての飛行については、FISSに飛行情報を登録することが義務付けられました。FISSでは、自分が飛行する際の場所と日時、飛行高度、飛行範囲、操縦者と機体情報などを登録します。また、他のパイロットが登録した情報を検索することが可能なので、同じ場所、同じ時間帯に別の飛行がないかをチェックすることができます。

飛行情報共有システムFISS飛行計画参照

導入当初は、DIPSとまったく連携しておらず、また操作性に難があったりとシステムの不完全さが目立ちましたが、裏を返せば、飛行情報を把握する仕組みを一刻も早くユーザーに義務付けたいという意識の現れだと感じました。またこのFISSの導入が、今後完全な登録制度に繋がっていくのではないかという憶測が飛び交いましたが、周知の通り2022年以降、これは現実のものとなります。

新ルール4つの追加(2019年9月)

ドローン(無人航空機)に関して、航空法の大枠のルールは、3つの空域と6つの飛行方法についての規制でしたが、新たに以下の4つのルールが追加されます。

遵守すべき追加ルール

  • アルコール又は薬物等の影響下で飛行させないこと
  • 飛行前確認を行うこと
  • 航空機又は他の無人航空機との衝突を予防するよう飛行させること
  • 他人に迷惑を及ぼすような方法で飛行させないこと

いずれのルールもすでに「航空局標準マニュアル」に記載されていたものですが、徹底して遵守すべき、という念押しを意図して追加されています。1と2は、常識的に考えて当たり前の心構えですが、3については、実は追加に至る背景があります。

2017年から2018年にかけて、ドクターヘリや旅客機にドローンがニアミスする事例が多発しました。また、自衛隊や米軍からもドローンとの衝突についての懸念の声が上がり始めます。有人航空機の操縦者からは、飛行中のドローンを認識することは困難なため、衝突を避けることはドローン操縦者側の義務である、ということをここで明言化したわけです。

この4つのルールのうち、もっとも重要な内容は、個人的には4だと思っています。この数年、小型の高性能ドローンが簡単に手に入るようになり、法的知識の乏しい操縦者による問題行為や海外旅行者による無許可の飛行がニュース等で目立ち始めました。

しかし、危険と見なされるような飛行方法を、航空法の中でいちいち細かく規制していくことにも無理があります。そこで「他人に迷惑を及ぼすような方法」という、幅広く解釈できるざっくりとした文言にまとめることにより、常識的に考えて迷惑と考えられる飛行はすべて抑制できるようなルールをここで追加したのだと考えられます。

法律は自分を守ってくれるもの

航空法などのルールが厳しいから、諸外国に比べて日本はドローンの産業が阻害されているのかといえば、個人的にそう思ってはいません。

何年も前からライセンス保有や機体登録が義務付けられている国も少なくないですし、外国人は飛行できない国、国民でも許可取得まで非常に煩雑な手順を踏まないといけない国など様々です。日本の航空法はむしろ多くの人がドローンを飛行できるようにと、規制内容にあえてグレーゾーンを設けていると法改正当初から僕は感じています。語弊を怖れずに言えば、非常に"日本人的なやさしさ"をそこに感じるのです。

しかし、2015年の法改正から今日まで大小様々な問題が起こり、残念ながらグレーのままではいられなくなった場合は、その都度ルールを明確化してきました。航空法がますます厳しくなってきているという解釈ではなく、ユーザーである自分たちが航空法を厳しくさせていると認識すべきです(逆に無人地帯の目視外飛行など、規制が緩和されている例もあります)。

道路交通法が日本の自動車産業を停滞させたかといえば、そんなことはありません。それと同じく航空法に代表されるルールは、産業を阻害するものではなく、ドローンを社会実装させるために、一般の人たちが安心して受け入れられる仕組み作りの役を担っています。

また前編で述べたように、航空法の申請は、ドローンを飛行させようとする人が、その業務をリスクアセスメントする行為そのものです。規制する法律がなく申請の仕組みもなければ、誰でも簡単にドローンを飛ばすことができますが、何かしらの事故を起こせば、結局別の法律によって罰せられてしまうはずです。

航空法は、僕たちが継続的に安心してドローンを使い続けられるように守ってくれる、そんな存在だと思っています。

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