ニワトリに年金? 吉川元農水省相収賄事件で脚光の「アニマルウェルフェア」とは

鶏卵農家の川原氏

吉川貴盛元農林水産大臣が2018年、大臣在任中に大手鶏卵生産会社元代表から賄賂を受け取ったとして、今年1月、東京地検特捜部に収賄の罪で在宅起訴された。賄賂の目的は、鶏の飼育環境に「アニマルウェルフェア」を反映させようという動きに反対してもらうことだった。「アニマルウェルフェア」とは? それを実行している鹿児島県の鶏卵農家を取材した。

日本も加盟する国際獣疫事務局(OIE、本部はパリ)は、家畜の飼育環境の国際基準に「アニマルウェルフェア」を反映させようとしていた。

「アニマルウェルフェア」とは、家畜の環境を改善し、苦痛やストレスを減らそうというもの。18年に巣箱や止まり木の設置を義務づける基準案を加盟国に提示した。

日本では金属製のバタリーケージに数羽ずつ入れて積み重ねる「ケージ飼い」が主流。1羽のスペースは狭い。OIEの基準案が通ると、施設の大幅改修が必要な上、現在のように効率的かつ大量に卵を生産することができなくなる。

そこで日本の業界団体などが18年、吉川元農林水産大臣に基準案に反対するよう求める要望書を提出。さらに鶏卵会社元代表が元大臣に賄賂を渡し、農水省として基準案に反対するよう要望した。その後、日本政府は「止まり木」や「巣箱」の設置義務化に反対する意見を提出し、これらの設置義務化は見送られた。

今回は見送られたとはいえ、EUの一部では以前からケージ飼育は禁止されており、ケージ飼育卵を使わないと宣言した外資系チェーンも。東京五輪でも海外の選手から100%ケージフリー卵を求める声が上がっていた。いつまでもこの流れを無視するわけにもいかなそうだ。

ではアニマルウェルフェアを実践している鶏卵業者とはどういうものか。鹿児島県曽於市で提携農家含め800羽を「庭先養鶏」しているサテライツ株式会社の農場のひとつを訪ねた。

代表の川原嵩信氏(52)によれば、この農場には70羽の鶏がおり、うちオスが7羽。敷地内に放し飼いにされた鶏は自由に動き回り、時にはボス争いも起こる。餌はおから、ぬか、無農薬の野菜、近所の野草、くず米など。

日本養鶏協会のサイトによれば鶏は1日1個の卵を産むというが、この農場では3日に1個ペース。手間もかかるため、10個864円と一般的な卵の4倍の値段だ。購入するのは体調管理にこだわるスポーツ選手やモデル、一般の人たち。親鶏の環境までさかのぼり、ストレスフリーな鶏が産んだ卵として選ばれている。

またこの農場では、卵を産まなくなった鶏をそのまま飼い続けている。ほとんどの鶏卵業者は、卵を産まなくなった鶏を「廃鶏」として処理し、食用、ペットのエサ用に出荷する。経済効率を優先し、それが当たり前になっている。川原氏も当初はそうしていたが、1年でやめた。「飼い犬を殺す夢を頻繁に見るようになって、死ぬまで飼うことにしました。最初は仕方なくでした」

夢にうなされて始めた終生飼育だったが、「卵を産まない鶏が普通にいることも、他の鶏がストレスを感じない要因になっていると思います。全体的に以前よりノビノビしています」。

卵を産まない雌鶏は63羽中30羽いる。「死ぬまで飼い続けることは、それまで働いてくれたことへの“年金”を払っていると思っています」という。

川原氏は「日本の鶏卵価格はここ30年、ほとんど値上がりしていません。大手の方々が、厳しい価格要求に応えるために努力をしてきたからです。一方で鶏が犠牲になってきたのも事実です」と語る。

消費者としては、安定して安く卵が買えるのはありがたい。選択肢が増えるのもありがたい。今後、何が残るかは、消費者次第だ。

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