今だから言える“角居勝彦調教師の一番○○の話” 講談師・旭堂南鷹がド直球インタビュー!

話が尽きない角居調教師(右)と旭堂南鷹

これまで国内外で数々のビッグレースを制してきたJRAの角居勝彦調教師(56)が、家業の天理教を継ぐため、定年まで14年を残して今月28日を最後に勇退する。リタイアを直前に「最後の御奉公」と称して、多くのメディアで現在の心境や、トレーナー人生を振り返ってきた名伯楽だが、誰よりも“角居”を愛し、“角居”に愛された男、講談師・旭堂南鷹相手の当インタビューはひと味違う。現在、同師とともに天理駅での路傍講演まで行っているという“角居研究家”のド直球の質問に、名トレーナーはどう答える?「ズバリ、先生が管理してきて一番強かったのはどの馬ですか」――。

旭堂南鷹 東スポグループから調教師・角居勝彦に最後の取材です。もちろん担当はボク。よろしくお願いします。

角居勝彦調教師 もう話し尽くしたんじゃないですか(笑い)。

南鷹 そう言われると思って新たな切り口をご用意しました。ずばり、“ホースマン角居勝彦の一番○○の話”! グランド牧場から始まった馬人生を振り返っての一番を教えてください。まずは楽しかったこと。

角居 ずぅーっと楽しかったけど、技術調教師時代はメッチャ楽しかった。楽しいという感情は、苦しいことの後に訪れると増幅するんだよね。調教師試験の重圧から解放されて、森(秀行調教師)先生、藤沢和(雄調教師)先生の下で馬に乗せてもらっていた。森先生のところでは海外にも行かせてもらったからね。あの時期は責任もないし、楽しいだけだったなぁ。

南鷹 では、苦しかったことは。

角居 苦しいことって、その後にステップアップするから忘れちゃうことが多い。つらかったことに置き換えると、最初のころに従業員を辞めさせたことかな。組織づくりの中で「一緒にできないよな」ということを、僕が直接言うんではなくて、スタッフに空気をつくらせて、辞めるように仕向けるんだよね。厩舎を構築していくために仕方なかったとはいえ、あれはつらかった。でも、思い返せば角居厩舎には初めから酒飲みが多かったなぁ。類は友を呼ぶんだな。

南鷹 難しかったことは。

角居 ウオッカを立ち直らせた時かな。

南鷹 技術的にですか。

角居 「待て」だね。

南鷹 折り合いとか、脚をためるということですか。

角居 ウオッカは僕たちの馬じゃなくて、ファンの馬になった。そうすると、いろんな声が耳に入ってくるんだよね。どこを使うのが正解か分からなくなって、馬にリズムを合わせるということが分からなくなっちゃってた。人間の方が待てなくなってたんだよね。ウオッカのリズムに合うまで「待て」。技術というより、メンタルかな。

南鷹 待つって、そんなに難しいんですか。

角居 難しいな。失敗しても仕掛けたくなる。動いているほうが頑張ってる感があって、安心だからね。待つことの難しさを学ばせてもらった。

南鷹 悲しかったことは。

角居 うーん、馬の死かな。長い間やっていると、慣れてしまうのも怖いけど、最初に立ち会った時はホントに悲しかった。特に競馬場で死なせるとね…。500キロある馬を、何とか馬運車に乗せて運んだら、帰りは空になった馬運車に、たてがみと蹄鉄だけ乗せて戻ってくるんだよね。落ち込みましたね。酒を飲んで紛らわすしかなかったなぁ。

南鷹 面白かったことは。

角居 また酒の話になるけど、これ言うとアウト(笑い)。また、連載で書いてください。

南鷹 言える中で一番面白いことは(笑い)。

角居 この一番っていうのが難しいなぁ。勝つのが一番面白いけど、面白いと思ったら、すぐに落とされる世界だし、でも、すぐに挽回もできるから、面白いしなぁ。全部面白い。

南鷹 怒ったことは。

角居 厩舎内で裏切りがあった時だけじゃないかな。人の担当馬に関したことを、直接、オーナーに連絡したスタッフがいて、「出ていけ」って怒鳴りましたね。

南鷹 調教師時代は、馬主や担当者のこともあるから、調教師はあまり口にしませんが、もうお辞めになるので、ズバリ聞きます。一番強かった馬は。

角居 ウオッカだろうなぁ。GI7勝という実績もモノをいっていますよね。

南鷹 速い馬は。

角居 うちはスプリンターをつくるのはうまくなかったからね。速さの意味が少し違うかもしれないけど、ハットトリックかな。

南鷹 では、嫌いだった馬は。

角居 嫌いではないけど、頭を抱えたのはブルーイレヴンだなぁ。武豊を乗せて暴走させた時は苦しかった。あの武豊に「どうすりゃいい」って言わせちゃったからね。

南鷹 好きな馬は。

角居 シーザリオでしょ。自身も短期間で華々しく成績を挙げて、調教師を苦しめることなく、繁殖にあがったらエピファネイア、リオンディーズ、サートゥルナーリアというGI馬を出してくれた。もうメッチャいいやつや。大好き。

南鷹 では角居勝彦が選ぶ、厩舎の馬に携わった人の中でのMVPは。

角居 岸本教彦(調教助手)。とにかく馬乗りとしての技術は秀逸で、角居厩舎の栄光は、岸本のおかげと言っても過言じゃない。担当馬ではなくても、大事な時のワンポイントでよく起用したなぁ。

南鷹 競馬に携わる人、ファンに伝えたいことは。

角居 馬は扱いは難しいけど、それに応えるだけのお返しをしてくれるので、馬を大事にしてほしい。ファンの人にも、競馬だけではない馬の世界もありますから、もっと馬を好きになってもらいたいですね。

南鷹 最後に先生自身の今後の活動について。

角居 3月の初めには、石川県に移って、本格的に布教師として活動を始めます。馬にも協力してもらえれば心強いですね。競馬は見る暇はないなぁ。布教師としては、ペーペーの立場ですから、土日は人出の多い場所で布教しないとね。もし見掛けたら声をかけてください。

☆すみい・かつひこ 1964年3月28日生まれ。石川県出身。2000年に調教師免許を取得、翌01年に厩舎開業。04年の菊花賞(デルタブルース)でGI初制覇。その後はGI7勝ウオッカ、ダートで一時代を築いたカネヒキリなどで国内外のGIを勝利し、数々の名馬を育てた。家業・天理教を継ぐため、今週末の競馬で引退する。

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