〝キング・カズ〟に見るレンタル移籍の成功のシナリオ 久保建英の歩むべき道

カズ(左)と久保建英

〝キング・カズ〟は日本代表MF久保建英(19)が歩むレンタル路線の成功者だった。スペイン1部レアル・マドリードと契約した久保は、昨季マジョルカ、今季はビリャレアルを経て現在はヘタフェに貸し出されて武者修行中。技に磨きをかけているが、元日本代表FW三浦知良(53=横浜FC)もブラジル時代に久保と同じ戦略で成長し、日本のエースになったという。

カズの代理人を務めた田路雅朗氏は「久保が騒がれているけど、実はカズヨシもブラジルでは同じ戦略で移籍を繰り返した」と明かす。15歳で単身ブラジルに渡ったカズは、18歳の1986年2月に名門サントスとプロ契約を締結。だが、出番はほとんどなく、同10月にはレンタルでマツバラに加入し、87年には同クラブへ完全移籍した。

ブラジル時代からカズをサポートしていた田路氏は「当初はブラジルのビッグクラブと契約できたと喜んでいたが、クラブ側は2、3年後に戦力になれば…という感じで毎試合ベンチに入れるかどうかという状態が続いた。カズヨシも若かったし、試合に出ないとヘタになるということで出られるクラブを探した。それでマツバラに移り、サントスは1年で退団した」と振り返った。

カズはマツバラで試合に出られるようになると、さらに急成長し、好パフォーマンスを発揮。格上のクラブからオファーが届くようになった。田路氏は「それでも試合に出られるところを見極めながら、クラブを選んでいたし、少しずつステップアップしたという感じかな。外国人枠(2)もあって大変だったが、カズヨシも試合に出て力を付けていった」という。

その後もキンゼデジャウーやコリチーバなどのクラブを経て、90年2月には再びサントスと契約し、今度はスタメンに定着した。田路氏は「若いときは実戦をこなすことが必要。(久保が出番を失った)ビリャレアルはまだ早かったのかもしれないが、ヘタフェで出られないのは…。2部でもチームの中心としてやれるクラブでプレーした方が良い。カズヨシもそうだった」と語った。

サントスで活躍したカズは同年に母国へ戻り、エースとして日本代表の躍進に貢献した。現在ヘタフェで苦しんでいる久保が、将来Rマドリードでプレーし、日本代表の中心になるには下部リーグでもあっても、さらなる経験を積むことが欠かせないのかもしれない。

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