水産庁に聞く!養殖業の「事業性評価」(前編)

 2020年4月、水産庁は養殖業の成長産業化の取り組みの一環として、金融機関等が養殖業の経営実態の評価を容易にする「養殖業事業性評価ガイドライン」を策定した。
 事業期間が複数年にまたがる魚類養殖業は、事業内容の評価が困難で、金融機関が資金需要に応えにくい。こうした状況の打開に向け、「養殖業事業性評価ガイドライン」を活用してもらう狙いだ。東京商工リサーチ(TSR)は、水産庁の黒萩真悟・増殖推進部長に養殖業の現状や策定の背景などを聞いた。

-事業性評価ガイドライン策定の背景は

 SDGs(持続可能な開発目標)を考えると天然由来でなく、一定の管理された養殖が重要になっている。国が進めている水産政策の改革では、養殖業の成長産業化は一つの柱。「養殖業成長産業化総合戦略」を作る際、経営の隘路(あいろ)になっているのは何かを考えた。そして、一番の問題は事業が1年で終わらないため、事業実態の把握が難しいことだという結論に達した。養殖ブリだと輸出するサイズまで育てるのに3年、真鯛でも1年かかる。生産から製品化、販売までの事業期間が長い。1年では事業収支がわからない。
 もう一つは育てる間、餌を食べさせなければならないが、餌のコストが経費の6~7割を占める。3年近く収入がないのに餌を食べさせ続けるので運転資金がかかる。日本は台風が多く、温暖化の関係で災害リスクもある。金融機関からみた場合、養殖業はなじみのない業態で、資金需要に応えるのが難しいことが分かってきた。
 もう一つは、産地商社の存在。中小の零細な養殖業者は産地商社が餌、資材の面倒を見ている場合がある。水揚げされた養殖魚を換金する時に売掛を回収する仕組みだ。だが、産地商社は代金回収のリスクがあるため、売った時の「天引き」の仕方がシビアにならざるを得ない。
 (両者が)対等な関係を保てればいいが、売り先まで面倒をみてもらっており、どれぐらい売れているかわからないこともある。養殖業の成長産業化のためには、金融界に面倒をみてもらわないと健全な経営にはならない。こうした問題意識から「養殖業事業性評価ガイドライン」を策定した。策定にあたっては、(特定)日本動産鑑定へ委託した。

水産省

‌インタビューに応じる水産庁・黒萩増殖推進部長

-ガイドライン策定での苦労は

 養殖業はほかの業態にはない部分も多く、ビジネス評価書のひな形を作るのが難しかった。事業性評価ガイドラインのなかにこれを入れ込むことに意味があり、現場を歩きながら分析した。日本動産鑑定、水産庁のほか、地元金融機関にも立ち会ってもらい、養殖業者と話し合いながら策定した。金融機関からみて養殖業者の全体像をつかめることが大事だが、評価をうける養殖業者にとってもガイドラインがわかりにくければ浸透しない。事業性評価の導入で、安心して金融機関と共通の話題(尺度)で話ができるようになる。

―「養殖業成長産業化総合戦略」の進捗は

 ガイドラインは2020年4月に完成。養殖業の成長産業化の具体的な取り組みとして、農林水産省が養殖業成長化総合戦略を公表したのが(同年)7月だった。だが、この時期には新型コロナの影響があり、補正予算を組んで養殖業者の支援や販売促進事業など、コロナ対策の事業を打ち出し、影響を短期で終わらせようとしたが想定外に長引いた。
 事業性評価を活用した取り組みは、マーケットイン型養殖業(市場ニーズをとらえた養殖生産)への意識改革・転換を図り、生産基盤を早急に強化し、養殖業の成長産業化を推進するもの。養殖業者に事業性評価を受けてもらい、養殖業改善計画を作成して、マーケットイン型の養殖業へ転換を図る。機材が必要であれば2分の1を補助し、実証的に数年間やってもらい、その結果をオープンにして共有しましょうという事業に今年度取り組んでいる。

-養殖業者の新規参入者へのハードルが高い

 2018年に70年ぶりの漁業法改正(TSR注:水域の有効活用のため、養殖業に新規参入がしやすいように漁業権制度を見直した)で仕組みを変えた。大手水産メーカーや商社関係が子会社を作って先進的な技術を集約し、沖合養殖などいろいろな技術を導入しつつある。そうした方々が輸出の旗頭(はたがしら)となってくれると期待している。一方、中小では川下から参入する業者もいる。売り先を持って生産者の現場に入ってきている。従来からの生産者で規模拡大を図っている方からは、事業性評価ガイドラインを使った際に、「事業を再認識するために使って良かった」と言っていただいた。サーモン養殖にも地元の食品会社が地域と連携した形で参入している。
 新規参入も大事だが、養殖業の成長産業化には金融機関の役割が重要。中小と産地商社が対等な関係になるように、金融機関が現場に入り、養殖経営の目利きとして相談相手になってもらうというのが重要だ。金融と一体になった産業でないと成長はない。

水産省

‌養殖業ビジネス評価書の例(水産庁資料より)

―養殖業の資金需要は

設備投資については、補助事業や政府系金融機関を活用してもらうことができるが、養殖業は餌代が7割という自然産業のなかでも特異な業種なので、日頃の運転資金をしっかり融資してもらう必要がある。
また、餌料に関しては技術開発も当然やっていく必要がある。今、餌の原料の魚粉は輸入に依存しているが、今後のために代替タンパクの研究開発なども行っている。ただ、今のところはまだ試行錯誤の最中だ。低タンパクな餌でも成長がいい魚の育種開発などもやっているが、こちらもまだ道半ばでコマーシャルベースにはならない。だからやっぱり現状では餌代が6、7割というのは続いてしまうかもしれない。

(続く)

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