【韓国】【コロナ禍1年】集団免疫に国民の協力不可欠[医薬]

国際ワクチン研究所キム事務総長

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韓国ではきょう26日から新型コロナウイルスのワクチン接種が始まる。文在寅(ムン・ジェイン)政権は、今年11月までに人口の大半が接種で免疫をつけウイルスの流行が収まる「集団免疫」の獲得を目標とするが、ワクチンプログラムの開始時期が遅いとの懸念がある。今後も、ワクチンの供給、接種場所、人手の確保や整備といった課題も多い。ソウル市に本部を置く国際機関である国際ワクチン研究所のジェローム・キム事務総長は、集団免疫の確保には「国民の理解と協力が不可欠」と強調する。

「ワクチン接種を心待ちにしている」と話すキム事務総長=22日、ソウル(NNA撮影)

——韓国でのワクチンプログラムの開始時期が世界各国・地域に比べて遅いとの批判がある。

感染状況を見て総合的に判断すべきだろう。日本や韓国の感染者数は比較的少なく、欧米ほど病床が逼迫(ひっぱく)した状況ではない。むしろ、経済への悪影響が顕在化し、防疫対策を強いられている市民の「コロナ疲れ」がピークに達しつつあるので、この時期の接種開始はタイミング的に良かったと言えるのではないか。

開始時期が遅れたことで、結果的に各国で接種されているワクチンの効能を見極める余裕も生まれた。

■欠かせない「政府への信頼」

——一般的なワクチン接種は、これまでは子どもが中心だった。しかし今回は若年層から高齢者まで、かつてない規模となるだけに、政府や自治体にとって負担が大きそうだ。

韓国はこれまで、滞りなくインフルエンザワクチンなどの接種を実施してきた実績がある。今回もしっかり準備すれば十分に対処できるはずだ。事前の備えが大切という点では、防疫活動と同じだ。韓国は今回の新型コロナ防疫対策で、2015年に中東呼吸器症候群(MERS=マーズ)が流行した時の失敗を教訓にした。

——文政権は「11月に集団免疫を獲得する」としているが達成可能か。

集団免疫の達成には、政府の効率的なワクチンプログラムだけでなく、ワクチンに対する国民の理解や協力が欠かせない。ワクチン接種は接種者だけでなく、その周りの人々を感染から守ることができる。予防効果が55~60%程度であったとしても、例えばインドのような人口が密集した都市住民の5割が接種を受ければ、都市全体の感染者数は85%低下する。

もちろん、その国民の協力のベースにあるのが「政府への信頼」であることは間違いない。

■「日常」取り戻す第一歩に

——しかし、開発時間が短かったこともあり、ワクチンの安全性に対する懸念は強い。

今回の新型コロナワクチンは全て、第1相から第3相までの臨床試験(治験)を通過しており、予防効果と安全性が確認された。すでに世界107の国と地域での総接種回数が2億回を超えており、これまでに深刻な副作用は報告されていない。

過去においても、仏サノフィが開発したデング熱ワクチンを除いては、接種によって受ける恩恵と副作用のトレードオフ(相反)は見られなかった。私自身ももちろん、新型コロナワクチンの接種を心待ちにしている。

——ワクチンを接種したからといって感染が終息するわけではなく、パンデミック(世界的大流行)から恒常的に社会に存在する「エンデミック」に変化するだけとの見方が強い。

もちろん、接種後も感染の可能性があるためマスクの着用は必要だ。ワクチン効果の持続期間も未知数なところがある。変異株の出現を考えると、22年以降もマスクの着用が必要かもしれない。

ただ、重症患者になったはずの感染者がワクチン接種で無症状患者になれば、病床不足を防ぐことができる。これは、医療関係者のストレスの緩和にもつながる。世界最速のペースで接種が進むイスラエルでは、米製薬大手ファイザー製の新型コロナワクチンを全2回接種することで、発症の予防効果が95.8%に上ったとの調査結果が発表された。

ワクチン接種は、私たちが「日常」を取り戻す第一歩だ。

会場ではワクチン接種の準備が進んでいる=17日、忠清南道天安市(韓国保健福祉省提供)

■日韓往来は今年中盤めどか

——日本や韓国のビジネスパーソンがアジア各国・地域を自由に行き来できるようになるのはいつ頃か。

少なくとも2カ国間でのコンセンサスが必要だが、日韓の現在の感染状況から判断して、ワクチン接種が順調に進めば3~4カ月後には両国間の自由な往来が可能となる状況になる可能性がある。

自由な往来実現において最大の焦点となるのは、渡航先での隔離の有無だ。相手国に入国する際、ワクチンを既に接種したことをどのような形で証明するのか。電子手続きで済ませるのか、それとも証明書を発行するのか。

変異株が出現すれば、せっかく接種したワクチンの予防効果が薄れるという事態の発生もあり得る。政府当局同士が解決すべき課題は山積している。隔離の有無は、今夏開催予定の東京五輪・パラリンピックにも直結する問題だ。

日本や韓国以外のアジア各国・地域を自由に往来できる時期を巡っては、今年の秋ごろにその輪郭がはっきりするだろう。

■供給格差の拡大懸念

——自国のワクチン確保を最優先する「ワクチン・ナショナリズム」の広がりが懸念されている。

米ブルッキングス研究所などのシンクタンクの研究結果によると、ワクチン確保で高所得国と低所得国の格差が広がれば、新型コロナによる死者数はワクチン接種が先進国に偏った場合の2倍に跳ね上がる。そうなれば、先進国も4兆~5兆米ドル(約423兆~529兆円)規模の経済的な損失を被ると試算されている。

グローバル経済の相互依存が深まっていることがその要因だ。残念ながら感染リスクは平等ではない。ワクチンにアクセスできない社会的な弱者が、よりウイルスの脅威にさらされる。

——ワクチン供給の格差を最小限に抑えるためにも、新型コロナウイルスのワクチンを共同購入・分配する国際的枠組み「COVAX(コバックス)ファシリティー」の役割が重要になる。

ワクチン・ナショナリズムを根絶できないとしても、ある程度の緩和は期待できる。COVAXは上半期中に米ファイザーと英アストラゼネカのワクチンおよそ3億3,700万回分を145カ国に供給する予定だ。手続きが進み、米モデルナ製ワクチンや中国・ロシア製のワクチンも供給できるようになれば、状況はさらに改善するだろう。

ただ、いくらワクチンを確保できたとしても分配面などでの透明性が欠如すれば、かえって混乱を招きかねない。優先順位を明確にしてルールをきちんと守るべきだ。

——韓国の製薬会社もワクチン開発に取り組んでいるが、まだ第3相の臨床試験を実施しておらず、感染症への対応技術力で欧米や日本、中国の後じんを拝しているとの見方がある。

韓国の製薬会社の場合、開発の開始時期が遅かった。今のペースで行けば、第3相の臨床試験の結果が発表されるのは10~12月期くらいになるだろう。ただ、3~4月に臨床結果を予測できれば、治験者を大幅に減らすことができる「 immune correlates of protection (ICP)」という制度が世界保健機関(WHO)で認められる可能性がある。そうなれば、韓国の製薬会社は大きな恩恵を受けるだろう。

■接種促進で人類が主導権を

——今回のワクチン開発では、「メッセンジャーRNA(mRNA)」と呼ぶ新技術が注目を集めた。

mRNAは、細胞の核の中にあるDNAから情報を読み取り、細胞内でさまざまなタンパク質を作らせる指令を出す物質のことで、遺伝子の配列さえ分かれば素早く安全にワクチンを製造できる。

しかし、アストラゼネカのウイルスベクター式(ウイルスを運び手とする)や中国・科興控股生物技術(シノバック・バイオテック)の不活性ワクチンなどの既存の技術でも、短い時間での開発に成功している。

どの技術にもそれぞれの強みがある。変異株感染が拡大する中で、どの企業のワクチンが最も有効かが明らかになるだろう。

新型コロナが世界中にもたらした人的・経済的な損失は余りにも大きい。ワクチン接種を機に、新型コロナとの戦いで人類が主導権を握っていくことを望む。(聞き手=坂部哲生)

ソウルに本部を置く国際ワクチン研究所(NNA撮影)

<メモ>

国際ワクチン研究所:

発展途上国へのワクチンの普及を目指して、国連開発計画(UNDP)が主導して97年に設立された非営利の国際機関。現在、アジアやアフリカ、南米を中心に36カ国とWHOが加盟している。キム博士は3代目の事務総長。

<プロフィル>

ジェローム・キム博士:

1959年ハワイ生まれの米国人。84年にエール大学医学部を卒業した後、国立軍医官医科大学教授、エイズウイルス(HIV)研究プログラム(MHRP)首席副責任者などを歴任。15年から現職。14年にはワクチン分野の専門誌で世界で最も影響力のある50人の専門家の一人に選ばれた。