日本初の再エネ100%電車 EST交通環境大賞受賞の東急電鉄・世田谷線は地域に密着した住民の足

画像:東急電鉄

今、地球環境問題に関心を持つ人が注目する鉄道線区、それが東急電鉄の世田谷線です。路線は下高井戸―三軒茶屋間の5.0kmで、駅は両端を含め全部で10駅。線区名通り全区間が世田谷区内で、下高井戸で京王線、山下で小田急線(小田急の駅名は豪徳寺)、三軒茶屋で東急田園都市線にそれぞれ接続します。鉄道ファンにとっては、都電荒川線(東京さくらトラム)とともに、東京23区内で最後に残った路面電車スタイルの軌道線としておなじみでしょう。

世田谷線の環境面でのセールスポイントが、再生可能エネルギー(再エネ)だけで電車が運行される点で、これは日本で営業運転する鉄軌道で初めてです。東急電鉄は「世田谷線における日本初の再エネ100%電車の導入について」で、同じ東急グループの東急パワーサプライとともに、交通エコロジー・モビリティ財団などが制定する2020年度のEST交通環境大賞で環境大臣賞を受賞しました。2020年10月の表彰セレモニーから少々時間が経ってしまいましたが、資料が入手できたので「東急の環境問題への挑戦」をまとめてみましょう。

開業は1969年!? でも本当は1925年

世田谷線の車両基地は上町駅にあります。車両は300系電車10編成20両が配備されています 画像:東急電鉄

東急世田谷線は2019年に開業50周年を迎えました。逆算すると開業は1969年になります。「1969年に路面電車が開業」と言われてもにわかに信じられませんが、これには裏があります。本当の開業は1925年。鉄道ファンの皆さんは東急田園都市線の地上部、国道246号線に東急玉川線(通称玉電)という路面電車が走っていたのを、お聞きになったことがあるのではないでしょうか。世田谷線は当初、玉電の支線として建設され、線区名も下高井戸線でした。それが1969年に玉電が廃止されて名称が「世田谷線」に。そこから数えて50年というわけです。

世田谷線は路面電車といいながらほぼ全区間で専用軌道を走りますが、路面電車のルーツを示す証拠があります。それは線路幅。東急の鉄道線はJR在来線と同じ線路幅1067mmですが、世田谷線は1372mmで都電荒川線と共通です。ちなみに、京王(京王線)も同じ線路幅ですね。

玉電は都電と同じく、自動車が増えて〝道路交通の邪魔者扱い〟されて廃止に至りましたが、世田谷線は全線が専用軌道で、廃止を免れました。現在、多くの地方鉄道は沿線人口が減少して採算が厳しくなり廃止に追い込まれたりするわけですが、都市の路面電車が違う理由だったのは心に留めたい点です。

世田谷線沿線に目立ったスポットはありませんが、地元の人たちには日常的に利用されます。道路交通に影響を与えなければ、鉄軌道は存続できる。路面電車は時代遅れの乗り物ではない。そのことを東急世田谷線や、都電荒川線、富山ライトレール、芳賀・宇都宮LRT(コロナによる開業遅れは残念ですが)は証明していると思います。

東急電鉄は地域に親しまれる世田谷線を目指します。沿線商店街と連携した「世田谷線フェス」には世田谷線アテンダントが参加しました。 画像:東急

もう一方の主役は「東急パワーサプライ」

東急パワーサプライが世田谷線の再エネ100%電車運転を記念して東急線内に掲出したイメージビジュアル。 画像:東急

話を東急世田谷線に戻して、再エネとは何か。資源エネルギー庁の資料には、「太陽光、風力、地熱、中小水力、バイオマスといった非化石エネルギーで発電する電力。温室効果ガスを排出せず、国内で生産できることから、エネルギーの安全保障にも寄与できる有望かつ多様で重要な低炭素の国産エネルギー源」とあります。

世田谷線に再エネを取り次ぐのは、東急グループの東急パワーサプライで、東急電鉄の親会社の東急と、東北電力が共同出資して2015年10月に設立されました。電力の小売り業とガスの取次業を手掛けます。こちらも世田谷線と同じく歴史は古く、ルーツは1918年設立の田園都市株式会社にさかのぼります。1938年に玉川電気鉄道を合併しましたが、玉電は当時の多くの電気鉄道事業者と同じく電力事業を手掛けていました。その後、2000年から2004年の規制緩和で電力の小売りが解禁され、沿線中心に電力提供を目指して設立されたのが東急パワーサプライという流れになります。

日本初の再エネ100%電車になる

話を進めて、東急世田谷線と再エネの関係を東急の交通環境大賞の資料で見てみましょう。ポイントは次の3点です。

①東急世田谷線が東北電力グループの保有する水力・地熱発電所で発電された、再生可能エネルギーの電気で運行される日本初の再エネ100%電車となること。
②再エネ100%電車となることにより世田谷線の二酸化炭素排出量がゼロとなること。
③電車という生活者に身近なインフラを通じて再エネへの理解と、その普及促進に加速を掛ける社会的な意義を持った取り組みであること。

もう少々かみ砕けば、再エネ100%電車は東急パワーサプライと東北電力には「再エネへの社会的関心の喚起」、東急電鉄には「環境に配慮した持続可能な街づくりへの鉄道事業者としての貢献」、沿線住民には「再エネ電車を通じて〝環境の時代〟の到来を実感し、環境社会を考えるきっかけになる」と、3者それぞれにメリットをもたらし、インパクトを与えます。

「全国の電車がもっと再エネで走るようになってほしい」

前章で挙げた、「沿線住民が環境社会を考えるきっかけ」。新聞にこんな高校生からの読者投稿が載ったといいます。

「東京・世田谷の住宅街を走り、私も利用する東急世田谷線が、水力と地熱の再生可能エネルギーだけを使った電車の運行を始めた。再生可能エネルギー100%で電車が常時運行するのは日本初だという。地元の人たちに親しまれている世田谷線が、環境にも配慮することで、地域とのつながりが深まり、エコな電車として全国的にも知名度が上がるのではないか。世田谷線だけでなく、全国の電車がもっと再生可能エネルギーを使って走るようになってほしい」

「Make the Sustainable Growth~持続可能な成長を目指して~」

2021年9月上旬まで、阪急・阪神・東急の三社協働でSDGsトレインの運行が行われています。写真は東横線などを走る東急の「美しい時代へ号」 写真:鉄道チャンネル編集部

東急電鉄は鉄道7路線、軌道1路線、全8路線で97駅の陣容です。年間約11億人、1日当たりでは約325万人が利用します(2019年度)。2018~2020年度中期3か年経営計画では、スローガンを「Make the Sustainable Growth~持続可能な成長を目指して~」としています。

なお、具体的には、2030年に目指す企業像として「省エネと再エネの最適利用を通じた低炭素・脱炭素社会への貢献」「資源の有効利用と生態系配慮の推進による環境型社会への貢献」を掲げ、「2050年までに事業で使用する電力を再生エネルギー100%で調達する」とします。

2018年以降、田園都市線に2020系、大井町線に6020系、目黒線に3020系と、エネルギー性能に優れた新型車両を矢継ぎ早に投入。地下駅になった渋谷駅には、世界初の大規模自然換気システムを採用します。自然熱を換気や空調の熱源に利用。ホーム床下や天井には冷却チューブを張りめぐらせ、冷水を循環させる放射冷房方式を採用します。

沿線には吉田松陰ゆかりの神社も

鉄道ファンが見逃せないのが宮の坂駅に隣接する宮坂区民センターに置かれる旧玉電デハ80形。玉電廃止後は江ノ島電鉄に移り600形として活躍しました。現在の300系に比べると普通の電車に似た印象を受けます。(筆者撮影)

最後は駆け足で、世田谷線の沿線案内。三軒茶屋駅の目の前に観光案内所があり、散策ガイドとなるパンフレット類が置かれています。住宅街をひたすら走る世田谷線で、唯一の撮影ポイントといえるのが若林駅近くの「環七若林踏切」。踏切両側に環七を横切る歩道橋があり、列車をカメラで狙えます。踏切は独特で、道路、軌道の双方に信号があり、道路が青信号の場合は列車は信号が「青」に変わるまで踏切手前で待ちます。この方式は、一般的な路面電車と同じです。

若林踏切を通る東急世田谷線の電車 写真:鉄道チャンネル編集部

沿線で訪れてみたいのは、駅名にもある「松陰神社」。幕末に時代を創った長州藩士の吉田松陰がまつられるのは、かつてこの地に長州藩主の別邸があったから。世田谷線との関係でいえば、松陰の妹の杉文(後に楫取美和)の生涯を描いた2015年のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」の放映にあわせて、ラッピング電車が運転されたこともあります。

吉田松陰をまつる松陰神社。同名の神社は松陰の出身地・山口県萩市にもあります。 写真:Sunrising / PIXTA

文/写真:上里夏生

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