津波想定の見直し、渋る東電に及び腰の国 「砂上の楼閣―原発と地震―」第2回

2019年9月、東京地裁法廷の証言台の前に立ち判決を聞く(左から)勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長(イラストと構成・勝山展年)

 東京電力福島第1原発事故の刑事責任を問われたのは勝俣恒久・元会長、武黒一郎・元副社長、武藤栄・元副社長の3人だった。2012年に福島県民らが業務上過失致死傷容疑で告訴し、東京地検は不起訴としたが、検察審査会が「起訴するべきだ」と議決したことから、検察官役の指定弁護士が3人を強制起訴した。16年のことだ。19年9月の東京地裁判決は3人を無罪とした。指定弁護士は直ちに控訴し、舞台は東京高裁に移っている。(共同通信=鎮目宰司)

 ▽「40分ぐらい抵抗した」

 東京地裁の審理で焦点となったのは、津波想定を巡る東電社内の動きだ。02年7月末、地震学者らがメンバーとなる政府の地震調査委員会が「長期評価」で巨大地震を警告した。直後の8月上旬、当時、原発の安全規制を担当していた経済産業省原子力安全・保安院の川原修司耐震班長らは、東電の担当者だった高尾誠氏を呼び出した。

地震調査委員会の上部組織、地震調査研究推進本部が入る文部科学省

 保安院が知りたかったのは、長期評価を踏まえて津波の想定を見直すと、原発にどう影響するか。福島では歴史上、大津波は確認されていないが、宮城や岩手のように大津波が来るという前提を取り入れて、津波の高さを計算してみてはどうか。高尾氏にそう要求したのだった。

 社内でも生真面目な性格で知られる高尾氏はその時、保安院の要求を何とか免れようと粘りに粘った。彼は「40分ぐらい抵抗した」と社内関係者らに報告している。ぐっと高くなるであろう津波の水位を具体的な数値で示してしまえば、引っ込みが付かなくなる。だから、今はやらない―。こう考えたのではないだろうか。

 ▽「泣きつけば聞いてくれる人」

 東電に見直しを渋られた川原班長は戸惑った。しかし、福島第1原発は政府の許可を受けて運転している。法律の枠内で波風を立てずに進めようとすれば、津波の想定を変えろと命令はできず、自主的に見直すよう「お願い」するしかない。電力会社は監督官庁の顔を立ててやってくれるはずではないのか…。

原子力安全・保安院が入っていた庁舎=2012年3月、東京・霞が関

 川原班長は、こわもてで知られる上司の高島賢二・統括安全審査官よりは与しやすいと電力側から思われていたようだ。「泣きつけば割と聞いてくれる人だった」。ある電力マンはこう証言する。この時、東電が津波の高さを計算し直していたら、事故は起きなかったかもしれない。だが見直されなかった。

 経産省を退いた川原氏は取材に「法治国家なので無理強いはできなかった。電力がきちんと取り組んでくれないと、見直しはできない。役人側が情けなかったこともあるが…」と振り返った。

 ▽勉強会

 04年12月にインドネシア・スマトラ島沖地震の大津波が起こり、保安院は原発の浸水対策に改めて注意を向けた。佐藤均・原子力発電安全審査課長は部下の小野祐二・審査班長に「勉強会」の設置を指示する。津波に弱いとみられていた福島第1原発などで、電力が自主的に対策を強化するよう仕向けるのが目的だった。

2004年12月、インドネシア・バンダアチェのモスク前に打ち寄せた津波による残骸(ロイター=共同)

 福島第1原発海側の冷却用ポンプがある場所の海抜は、当時想定していた津波の高さとほとんど変わらない。「余裕は10cmもない」と知っていた小野班長は06年6月、勉強会で行った福島第1原発の現地調査で、東電にそのことを指摘する。「事業者の判断だが、改造に着手するという視点も(必要ではないか)」。遠慮がちにこう言うと東電の担当者は、機器が海水をかぶってショートを起こすであろう水位までは「10~20cmある」と譲らなかった。

 ▽無意味な「余裕」

 津波の高さの予測は、地震で海底がどのようにずれるかを推定した上で、海底の地形などを考慮する細かい計算から求められる。だが、計算の基礎となるさまざまな条件が変われば答えも変わってしまう。実際の津波は計算結果の2倍の高さとなるかもしれないし、半分にとどまるかもしれないとされていた。想定高さに対して10cmの余裕なんて、全く無意味なのだ。

福島第1原発の被災状況。原形をとどめないほど壊れた構造物が集まったタービン建屋前=撮影日時不明(東京電力提供)

 言うとおりにならない東電にしびれを切らした保安院は、もう少し強い対応を取ることに決めた。保安院をチェックする、より上位の存在だった原子力安全委員会の権威を借りるのだ。

 原子力安全委員会は約30年ぶりに、原発の耐震指針を改定しようとしていた。従来ははっきりと書かれていなかった、地震に伴う津波への対策を求めるとの一文が入る。新しい原発に適用されるルールだが、古い原発も指針を満たしていることを保安院がチェックすることになっていた。

 法的強制力はないが、このチェックで津波対策が十分だと認められなければ福島第1は運転できなくなるだろう。保安院は、指針改定から2年でチェックを終えることを東電などに求めた。だが、5年後の11年3月になっても福島第1原発の津波対策は全く進んでいなかった。(つづく)

「砂上の楼閣」第1回はこちら

https://this.kiji.is/737625079007952896?c=39546741839462401

第3回はこちら

https://this.kiji.is/739467290948894720?c=39546741839462401

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