森氏の辞任、ジェンダー平等に本格的な取り組みを ジュールズ・ボイコフ米パシフィック大教授

五輪マークのモニュメントと東京五輪の開会式が行われる国立競技場(奥)=東京都新宿区

 東京五輪・パラリンピック組織委員会元トップの森喜朗氏による女性蔑視発言は日本国内外で衝撃が広がった。東京五輪を巡るさまざまな問題を指摘してきた米パシフィック大のジュールズ・ボイコフ教授に、3月8日の「国際女性デー」に合わせ、話を聞いた。(共同通信=浜口健)

 ―後任会長に元アスリートの橋本聖子氏が選ばれた。

 「組織委トップを女性にするという決定は、日本国内だけでなくオリンピック・ムーブメントにとっても、ジェンダー問題を真剣に受け止めた、象徴的な一歩となった。歴代五輪で女性がトップを務めたのは2004年アテネ五輪のみ。東京五輪が開催されれば2回目となる」

2月12日に開かれた東京五輪・パラリンピック組織委の理事会と評議員会の合同懇談会を前に言葉を交わす森喜朗会長(左)と川淵三郎氏=東京都中央区

 「当初後任候補に(日本サッカー協会元会長の)川淵三郎氏が挙がっていたが、そうなっていれば国際社会にかなり後ろ向きなメッセージを送っていた。だが今回の騒動でジェンダー問題が解決したわけでなく、状況改善には詳細な計画や取り組みが必要だ。今後の努力に期待したい」

 「これまでの五輪ではさまざまな『レガシー(遺産)』やスローガンが掲げられたが、ほとんど意味がなかった。ジェンダー問題への取り組みが本格化すれば、東京五輪の『前向きなレガシー』となるかもしれない」

 ―発言後にはボランティアや聖火ランナーの辞退が相次いだ。

 「森氏の発言はひどく不快に感じた。(あわゆる差別に反対する)五輪憲章や、国際オリンピック委員会(IOC)の改革指針『五輪アジェンダ2020』に著しく違反しており、一刻も早く辞任すべきだと思った。時間はかかったが、トップの座を追われたのは必然だ。ボランティアの人々が性差別や彼らの偽善には関わりたくないと感じたことは理解できる」

オンラインで取材に応じるジュールズ・ボイコフ氏=2月19日

 ―あなたは「森氏は辞めるべきだ」と訴えるエッセーを、五輪の放送権を持つ大スポンサーの米NBCのサイトで発表した。辞任の流れをつくったとの指摘もある。

 「これまでにもNBCのサイトに寄稿したことがあり(発言後すぐ)知り合いの編集者に連絡を取りエッセーを送り、掲載された。NBC幹部に知人はいないし、内部でどんな話し合いがあったのかは分からないが、トラブル続きの東京五輪の『新たな問題』となった森氏の辞任で早急に事態を収束させたいと考えていたのかしれない。私も反響の大きさに驚いた」

 ―IOCの反応は。

 「騒動では、IOCの迷走ぶりも浮き彫りとなった。当初、森氏の謝罪で『問題は決着した』と速やかに幕引きを図ろうとしたが、多くの人々や団体、女性議員が抗議の声を上げるなど反発が広がったことで、IOCは五輪憲章に関わる深刻な問題だと気付き、あらためて非難声明を出した。ジェンダー問題に本腰を入れてこなかったIOCは(騒動の)共犯者。今回の事態は彼らにとっての『警鐘』でもある」

グーベルタン男爵

 「IOCには性差別の歴史がある。近代五輪を創設したフランスのクーベルタン男爵は女性のスポーツ参加の反対論者で、女性の素晴らしさは、産んだ子どもの人数や資質で決まると話していた。彼の死後も性差別は続き、女性のIOC委員は1981年まで認められなかった。ジェンダー問題を強調しながら、現在でもIOC委員は男性が多くを占めており、取り組みは遅れている」

 ―橋本氏への期待は。

 「膨大な大会経費や招致を巡る贈収賄疑惑など、多くの問題を抱える東京五輪の『顔』として、直面している課題は信じられないほど難しいものばかり。新型コロナウイルスの収束が見通せない現段階では、東京五輪開催はかなり野心的と言わざるを得ない。日本は頼みの綱と言われるワクチン接種も遅れ気味だ。聖火リレーへの不安も理解できる」

職員へ就任のあいさつをする東京五輪・パラリンピック組織委員会の橋本聖子会長=2月19日、東京都中央区

 「世界各地でスポーツイベントが行われているが、五輪とは規模が全く異なる。オーストラリアで2月に行われた(テニスの四大大会の一つ)全豪オープンはなんとか行われたが、東京五輪は200を超える国・地域から大勢のアスリートらが参加するため、大会運営は非常に複雑で、日本国内の人々にもかなりのストレスを与えるだろう。無観客開催となれば、組織委は(900億円と見込まれる)チケット収入を失うことになる」

 「東日本大震災から10年を迎えても被災地には『復興五輪』を歓迎する雰囲気も広がっていない。皮肉なことに、橋本氏は国際社会から男子選手へのセクハラ行為という自らのスキャンダルを蒸し返され続けることにも耐えなければならない」

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 ジュールズ・ボイコフ氏 1970年生まれ。92年バルセロナ五輪に向けたサッカーの米国代表として国際試合に出場した経験がある。歴代五輪の問題を研究しており、東京五輪の反対運動などをまとめた著作「オリンピック反対の論理」(作品社)を4月に出版。

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