阪神大震災の衝撃、原発耐震性への不安 「砂上の楼閣―原発と地震―」第5回

阪神大震災で破損し、鉄筋がむき出しになった阪神高速道路の橋脚=1995年1月17日、神戸市東灘区

 1978年に初めて原発耐震指針が策定されてから20年の間に、日本は3度の大地震を経験した。83年の日本海中部地震、93年の北海道南西沖地震、そして95年の阪神大震災だ。都市部を直撃した阪神大震災では高速道路が倒壊するなど強い揺れの脅威が明らかとなり、国民に原発の耐震性への不信感が芽生えた。「指針による揺れの想定は十分か」「改定の必要があるのではないか」。政府は火消しに走った。(共同通信=鎮目宰司)

 ▽「原発は大丈夫か」

 震災翌日の1月18日、原子力安全委員会の都甲泰正委員長は、科学技術庁の片山正一郎・原子力安全調査室長に「原発は大丈夫か」と尋ねた。

 最大震度7の強い揺れが直撃した神戸市では、鉄筋コンクリートのビルが崩れ、高速道路の橋脚が折れ曲がった。大都市の真下を走る活断層が起こす「直下地震」は、人々の想像を上回る被害をもたらした。

記者会見する片山正一郎氏=1997年3月、科学技術庁

 94年12月に愛媛県の四国電力伊方原発3号機が運転を開始し、国内の商用原発は48基を数えていた。伊方原発訴訟で争点となった中央構造線断層帯のように、活断層が原発の近くを走る例は珍しくない。

 約20年前にまとめた指針などが示す地震想定の手法は、70年代の地震や活断層の研究をベースにしている。もっと新しい研究成果を取り入れて、原発の耐震性をチェックするべきか。耐震指針を見直す必要があるのかと、都甲委員長は片山室長に問いかけたのだった。

 ▽阪神大震災より小さい

 政府は国会で原発耐震問題を追及された。自民党、社会党、新党さきがけによる連立政権の首相は社会党の村山富市委員長だった。

 震災半月後の2月1日、衆院予算委員会で共産党の吉井英勝議員が村山首相を問い詰める。耐震指針は原発の真下でマグニチュード(M)6・5の地震を想定しているが、阪神大震災のM7・3より小さいではないか。

村山富市元首相(左)と吉井英勝元衆院議員

 「(政府が)安全神話に立ったら無責任になる」(吉井議員)

 「これまでの考え方に安住せず、確認は徹底する」(村山首相)

 首相と同じ社民党の今村修議員は、自民党議員の田中真紀子科技庁長官に「安全審査のやり直しが必要だ」と迫り、耐震指針について「妥当性を点検しています」との答弁を引き出した。

 ▽指針を見直しは時期尚早

 震災当時、商用原発は通産省資源エネルギー庁が所管していた。エネ庁の審査をチェックする2次審査を担っていたのが安全委で、「ダブルチェック体制」とも呼ばれていた。

 エネ庁の藤富正晴・原子力発電安全企画審査課長は、原発の耐震安全性へ向けられた世間の不信を払拭する必要を感じていた。震源から最も近い原発は福井県の関西電力高浜原発だが、直線で約110㎞と離れていて、揺れは弱かった。

記者会見する藤富正晴氏=2000年3月、福井県敦賀市

 エネ庁の審査に加わる専門家の現地調査でも、見直しに直結する情報や発見はなかった。原発で強い揺れを観測していない状況で指針を見直すのは難しく、時期尚早ではないか―。藤富課長はそう考えたという。

 ▽失われた10年

 都甲委員長の意を受けた片山室長が動いて、安全委は指針見直しを巡る検討会を設置した。会長の小島圭二・東京大教授をはじめとする専門家たちは6月に現地を調査し、9月に報告書をまとめた。もし、神戸に原発があったら震災に耐えられたかとの観点で調査し「指針にも原発の安全性にも問題はない」との結論を出した。

 「スッと結論を出さないと社会も不安になる。専念してほしいと片山室長から言われた」。小島氏は当時の事情をそう振り返った。

 指針をすぐに見直さないが、将来の見直しまでは否定しない。そんなメッセージを込めて、報告書は末尾に「これに安住することなく引き続き努力していく」と書いた。村山首相の答弁を引用することで、事実上の改定先送りを正当化しようとしたのかもしれない。

 藤富課長は、電力会社が94年ごろに提出した点検報告を持っていた。エネ庁の内々の指示を受けて、78年の耐震指針策定前に造られた原発の耐震安全性をチェックし「問題なし」としていた。

小島圭二氏

 点検報告は小島教授らの報告書と共に安全委に報告された。阪神大震災で強い揺れの脅威が明らかになったにもかかわらず、古い指針も古い原発も温存された。そして、この頃はまだ、原発を襲う津波の恐ろしさを真剣に考える人はごく少数に限られていた。(つづく)

「砂上の楼閣」第4回はこちら

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第6回はこちら

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