ようやくCD化されたマイケル・ディナーのデビューアルバム『ザ・グレート・プリテンダー』

『The Great Pretender』(’74)/Michael Dinner

マイケル・ディナーの名前をどれだけの人がご存知かはわからないけれど、本作『ザ・グレート・プリテンダー』は、イーグルスがデビューシングルの「テイク・イット・イージー」(’72)で作り上げたL.A産カントリーロックの完成形としてリリースされた傑作である。ウエストコーストロックを愛好する人間にとって、アルバムの完成度はもちろん、バックミュージシャンやノーマン・シーフによるジャケットデザインに至るまで文句のつけようのない仕上がりで、リリースされてから45年以上経つものの、愛聴し続けているファンは少なくない。ただ、アメリカでは大したセールスにつながらなかっただけでなく、著作権の所在が複雑なこともあって、これまで一度もCD化されなかったのだが、今年の1月に韓国のBIGPINKからようやくリリースされた。これは快挙と言ってもいいだろう。

L.A産カントリーロック

ウエストコーストロックとはアメリカ西海岸で制作されたカラッとしたサウンドを身上とするが、その中に位置付けられるL.A産カントリーロックは、さわやかなコーラスやカントリーフレーバー、そしてシンガーソングライター的な要素が重要なエレメントとしてちりばめられているのが特徴である。例を挙げると、ポコのデビューアルバム『ピッキン・アップ・ザ・ピーセズ』(’69)、ザ・バーズの『スイートハート・オブ・ザ・ロデオ』(’68)や『バーズ博士とハイド氏』(’69)、シャイロー『シャイロー』(’70)、フライング・ブリトー・ブラザーズの『ブリトー・デラックス』(’70)、CSN&Yのシングル「ティーチ・ユア・チルドレン」(’70)などがサウンド面での土台を作り、その要素に加えて、70年代初頭のジャクソン・ブラウンらに代表される西海岸シンガーソングライター的ニュアンスを含ませたものがL.A産カントリーロックである。

テイク・イット・イージー

L.A産カントリーロックの最初期のアルバムと言えば、イーグルスの面々がバックを務めたリンダ・ロンシュタットの3rdソロアルバム『リンダ・ロンシュタット』(’71)になるかもしれない。このアルバムはまだカントリーの占める部分は多いが、ジャクソン・ブラウンの「ロック・ミー・オン・ザ・ウォーター」、ニール・ヤングの「バーズ」、エリック・アンダーソンの「フェイスフル」などは立派なL.A産カントリーロックだと思う。プロデュースを務めたのはジョン・ボイランで、彼の頭の中にはこの頃すでにL.A産カントリーロックの完成形が見えていたのかもしれない。

そして、このアルバムにバックメンとして参加したグレン・フライ、ランディ・マイズナー(元ポコ)、ドン・ヘンリー(元シャイロー)、バーニー・レドン(元フライング・ブリトー・ブラザーズ)の4人がイーグルスを結成、72年にL.A産カントリーロックの醍醐味が味わえる名曲「テイク・イット・イージー」をリリースする。L.A産カントリーロックのひとつの要素としてペダルスティール・ギターの使用が挙げられ、この「テイク・イット・イージー」にはペダルスティールこそ使われていないが、レドンはストリングベンダーを装着したテレキャスターを弾いており、ペダルスティールと似た効果を生み出している。

「テイク・イット・イージー」のヒットで、L.A産カントリーロックは日本でも相当数のファンを生み、第2の「テイク・イット・イージー」を求めて、かつて輸入盤専門店は大いに賑わったものだ。L.A産カントリーロックを安定供給するリンダ・ロンシュタットは『リンダ・ロンシュタット』に続くアサイラム移籍第一弾『ドント・クライ・ナウ』(’73)で、ますます完成形に近づいている。ジョン・ボイランのペダルスティールへのこだわりは相当なもので、ここではバディ・エモンズ、スニーキー・ピート、エド・ブラックとペダルスティール奏者を3人も起用している。そもそもボイランはカントリー界だけでなくロック界でも活躍するペダルスティール奏者を5人集めて『スーツ・スティール』(’70)というアルバムを企画・制作しているぐらいなので、ペダルスティール・フェチといっても過言ではない。

謎だらけのマイケル・ディナー

L.A産カントリーロックのひとつの完成形となった曲がある。リンダ・ロンシュタットの5thアルバム『悪いあなた(原題:Hearts Like A Wheel)』(’74)に収録されたロウエル・ジョージ作の「ウィリン」だ。ここで聴けるボブ・ウォーフォード(クラレンス・ホワイトのフォロワー)のBベンダーとスニーキー・ピートのペダルスティールの掛け合いに鳥肌が立った人は少なくないはずである。プロデューサーがボイランではなくピーター・アッシャーに変わっていて、全体的に少しポップな仕上がりになっていたが、それでも「ウィリン」のほか佳曲の多いアルバムである。

ちょうど同じ頃、輸入盤専門店で話題になっていたのがマイケル・ディナーというそれまで聞いたことのないアーティストのアルバムである。ノーマン・シーフによる秀逸なジャケットデザインは、聴いたことがなくても明らかに傑作の香りがしていたし、裏ジャケを見るとリンダ・ロンシュタッ本作『ザ・グレート・プリテンダー』についてトのバック陣をはじめ、ジャクソン・ブラウン人脈のデビッド・リンドレーやダグ・ヘイウッド、イーグルスのドン・フェルダー、ペダルスティールが3人(エド・ブラック、アル・パーキンス、スニーキー・ピート)が参加している…ということは、もちろんプロデュースはジョン・ボイランだ。通常、L.A産カントリーロックのアルバムは誰もが知るミュージシャンで固めているはずなのだが、フロントアクトのマイケル・ディナーだけが知らないアーティストで、当時の彼は僕の知る限り他のアルバムへの参加もないまったく謎の人物であった。

あとで分かったことだが、マイケル・ディナーは弾き語りしているところをマネージャーのグレン・ロスに見出され、ファンタジーレコードと契約したものの、ローズ奨学制度でオックスフォード大学の大学院に留学(クリス・クリストファーソンと同じく、エリート中のエリート)していたため、レコーディング以外は勉強していないとダメだったそうで、ほぼ歌手活動をしていないのである。本作のあと、2ndアルバムの『トム・サム・ザ・ドリーマー』(’76)をリリースしてはいるが、その後音楽界からは足を洗い、テレビや映画の監督やプロデューサーとして活躍している。

本作『ザ・グレート・プリテンダー』 について

収録曲は全部で10曲。アルバムの構成はジャクソン・ブラウンの『フォー・エブリマン』(’73)にインスパイアされており、アルバムラストを飾る6分に及ぶ「テキサス・ナイト」は本作の白眉とも言えるナンバーで、マイク・アトリー(Key)とラス・カンケル(Dr)の参加は、『フォー・エブリマン』の「シング・マイ・ソング・トゥ・ミー」〜「フォー・エブリマン」へと続くラストのメドレーを想起させるものとなっている。

L.A産カントリーロックのファンは、タイトルトラックの「ザ・グレート・プリテンダー」のみで悶絶するのは必至だろう。「テイク・イット・イージー」のようなイメージをもった曲(そう言えば『フォー・エブリマン』の1曲目も「テイク・イット・イージー」だ)で、エド・ブラックのペダルスティールとボブ・ウォーフォードのストリングベンダーが密接に絡み、ジェームズ・テイラーに似たところのあるディナーの歌声が疾走するさまは、まさにL.A産カントリーロックの完璧なかたちである。一瞬のみだが、リンダのバックヴォーカルがクローズアップされるあたりの演出も素晴らしい。「イエロー・ローズ・エクスプレス」は、ウォーフォードのギターソロがリンダの「ウィリン」の演奏と酷似(曲も似ている)しているのだが、それがまた良い。

「サンデー・モーニング・フール」「ウーマン・オブ・アラン」では、エド・ブラックがザ・バンドのロビー・ロバートソンのような渋いギターを弾いている。「ペンタコット・レーン」ではニック・デカロがアコーディオンで参加、ロックンロールナンバーの「タトゥード・マン・フロム・チェルシー」ではドン・フェルダーがキレキレのスライドを披露、「ラスト・ダンス・オブ・サリナス」ではデビッド・リンドレーがフィドルで参加するなど、バックを務める熟練したアーティストたちが本作の味わいを深めている。

本作が最初にリリースされてからすでに45年以上が経過しているが、今回改めて聴き直してみて、やはり未だに色褪せない名作だとの想いを新たにした。多くの人に聴いてもらいたい作品である。そう言えば、ロブ・ストランドランドのポリドール盤(76年作)もL.A産カントリーロックの傑作だが、まだ一度もCD化されていないので、レコード会社の方、ぜひお願いします。

TEXT:河崎直人

アルバム『The Great Pretender』

1974年発表作品

<収録曲>
1.ザ・グレート・プリテンダー/The Great Pretender
2.ジャマイカ/Jamaica
3.エロー・ローズ・エクスプレス/Yellow Rose Express
4.サンデー・モーニング・フール/Sunday Morning Fool
5.ラスト・ダンス・オブ・サリナス/Last Dance In Salinas
6.タトゥード・マン・フロム・チェルシー/Tattoed Man From Chelsea
7.ウーマン・オブ・アラン/Woman Of Aran
8.ペンタコット・レーン/Pentacott Lane
9.イカロス/Icarus
10.テキサス・ナイト/Texas Kight

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