2019年9月の京急踏切事故 運輸安全委の調査報告書まとまる 再発防止策を現地に見る

京急の現場事務所から写したと思われる運輸安全委の現場写真。線路とは防音壁で仕切られる側道を進んできたトラックは、右折して踏切に進入しました。 画像:運輸安全委

2021年2月に国の運輸安全委員会が、4件の鉄道事故調査報告書を公表しました。うち1件が「京浜急行電鉄本線の列車脱線事故」で、発生は2019年9月5日。神奈川新町駅南西側の踏切で立ち往生していた大型トラックに下り快速特急列車が衝突、トラックの運転手が死亡したほか、72人が重軽傷を負いました。事故はマスコミで大きく取り上げられたので、ご記憶の方も多いと思います。

「踏切の異常を知らせる特殊信号発光機(特発)が、列車運転士の視界から瞬間的・断続的にさえぎられる場面があり、それがブレーキ判断の遅れにつながった可能性がある」が報告書の趣旨で、京急は「報告書の内容を厳粛に受け止め、さらなる安全・安心を目指し、努めてまいります」のコメントを発表しました。私は2019年9月と報告書公表後の2021年2月の2回にわたり現場を訪れ、なぜ事故が起きたかを自分なりに考えてみました。報告書に異を唱える気持ちは毛頭ないことをお断りした上で、事故原因と再発防止策を見てみましょう。

狭い側道から何回も切り返して踏切へ

報告書や報道を総合すると、発生は2019年9月5日11時43分ごろ。京急本線神奈川新町ー仲木戸(2020年3月「京急東神奈川」に駅名変更)間の神奈川新町第1踏切で、大型トラックの側面に青砥発三崎口行き下り快特(8両編成)が衝突しました。トラックは大型車で、線路脇の細い側道から右折で踏切に進入。一度で曲がり切れず、何回も切り返していたとの目撃談も多数あります。

神奈川新町には京急の車両基地があり、たまたま現場に居合わせた京急社員が非常ボタン(支障報知装置)を押したらしいのですが、一瞬間に合わなかった(報告書にも記載あり)。事故を防げる機会もあったわけで、残念なことです。

東京(品川、渋谷)―横浜間には京急のほか、JR東日本(東海道線、京浜東北線、横須賀線)と東急が走り、鉄道3社、特に並行する京急とJRは厳しい競争関係にあります。現場付近の京急は最高時速120㎞区間ですが、ゆっくり走ってというのは無理な注文でしょう。

複雑な線路配置

現場付近の特発と場内信号機の位置関係。500m足らずの区間に特発と信号機が連続します。 画像:運輸安全委

運輸安全委の資料で、現場付近の信号や特発の位置関係を確認しましょう。神奈川新町には車両基地があり、基地に入るための渡り線が入り組んでおり、それぞれに場内信号があります。神奈川新町駅と北隣の子安駅にはそれぞれ待避線があり、優等列車が普通列車を追い抜きます。今回改めて気付いたのですが、子安―神奈川新町間の上り線は複々線のようになっています。

神奈川新町第1踏切の異常を知らせる特発は図のように3ヵ所あり、一番最初は踏切の約570m手前。列車が最高速でも、全制動でブレーキを掛ければ517.5mで止まれるそうなので特発の位置には問題ありません。

踏切の映像記録では、トラックは衝突の63秒前に側道から踏切に進入、切り返しを繰り返して、56秒前には上り線の線路をふさぎました(衝突したのは下り線)。11秒後の44秒前には踏切が鳴り始めて遮断機が降り、その後ようやくトラックは動ける状態になったのですが、踏切を抜け出す前に列車が衝突しました。

踏切手前で列車は止まれていた?

あくまで理論値ですが、遮断機が降り始めた衝突44秒前には列車は踏切手前1290m地点。最初の特発より前方で、本来なら列車は踏切手前で十分に停止できたというのが、運輸安全委の見解です。それなのに、なぜ運転士はブレーキを掛けなかったのか。報告書によると、架線柱などで特発が瞬間的に見えにくい場面があったというのです。

運転士は踏切の422m手前で常用ブレーキ、244m手前で非常ブレーキを掛けましたが、非常ブレーキでも停止には477m必要で、結果的に事故は防げなかった。

特発のクローズアップ写真。確かに架線柱が入り組んでいて、見えにくいように思えます。 画像:運輸安全委

報告書の指摘はその通りだと思いますが、私が現場で最初に疑問を抱いたのは、「大型トラックが、なぜ狭い側道に入り込んでしまったのか」でした。トラックが踏切で立ち往生しなければ、事故は起きませんでした。ドライバーが事故で亡くなったので真相は不明ですが、報告書は後半部分で「本件トラックに関する分析」を試みています。

複数の要素が重なって重大事故に

私が現場で強く感じたのは、複数の要素が重なって事故に至ったということです。線路西側の側道から見て、踏切を渡った右側は100mほどで国道15号線、左側は京急の車両基地につながります。踏切自体は十分な道路幅がありますが、側道が狭いので、大型車は頭を相当前に出さないと右左折できません。側道を踏切と反対側に左折する手もありそうですが、脇道の角に一方通行の道路標識があり、大型車は車体が当たります。事故と関係あるかどうか分かりませんが、2019年9月の現場訪問時、標識は途中から曲がっていました。

トラックが直進した側道。報告書によると道幅3.7mで大型車の通行は厳しそうです。突き当りが神奈川新町駅ですが見通しは利きません。(筆者撮影)

写真は踏切を渡り切った反対側から写したカットで、遮音壁にさえぎられていますが、4階建てマンションと遮音壁の間が脇道です。大型車は何回も切り返さないと、曲がり切れないことがお分かりいただけるでしょう。

次に側道を200mほど横浜方面に戻ってみました。ここに京急線をくぐるアンダーパスがあり、横浜方面から側道を直進してきた車は、多くが右折して線路反対側に抜けます。トラックも右折してアンダーパスをくぐれば事故は起きなかったはずですが、直進してしまった。ドライバーはアンダーパスに荷台が引っ掛かると思い、右折をためらったのかもしれません。

ドライバーを迷わせた可能性がある道路標識。先方はJR東神奈川駅で高さ制限に引っ掛かるトラックは本来ならUターンしなければならないのですが、少々分かりにくいかもしれません。

次の写真は側道のアンダーパス付近から前方の神奈川新町駅方向を写したもので、道幅は十分といえないものの、トラックも何とか通行できそうに見えます。側道はやや曲がっているので駅方向の見通しは利かず、突き当りで右左折が困難というのは手前からは良く分かりません。

側道の手前部分(東神奈川駅方向)。前方の乗用車が右折しているのが京急のアンダーパスで、2.3mの高さ制限があります。トラックは高さ3.79mで、ここまで来ると直進しか進路はなかったことになります。(筆者撮影)

もしアンダーパス手前に、「この先道狭し。大型車は右左折困難」の注意書きがあれば、ドライバーは直進をあきらめ事故にならなかったかもしれません。事故後、一部に「警察は事故を受けて脇道を大型車通行禁止にする」の記事もありましたが、そうした規制や「この先の踏切で事故発生」の注意書きは見当たりませんでした。

事故を受けて新設されたと思われる道路標識。あくまで個人的見解ですが、赤色の矢印だと進行方向を指示するのか禁止なのか迷いそうな気もします。

ドライバーはパニック状態に

報道で気になったのは、トラックドライバーが事故歴のないまじめな人だったという点。そんな人が抜き差しならない事態に陥ったら、どんな心境になるのか。恐らく相当なパニック状態だったはずです。

ここで思い出したのが、ベテラン登山ガイドが荒天の山で遭難した話。救出されたガイドは「何十回も登山している山でまさか道に迷うとは……」と話していました。事故を起こしたドライバーがそうだったというつもりはありませんが、今回の報告書でも明らかになったように、鉄道、自動車どちらかの努力だけでは事故を防ぐのは難しい。鉄道と自動車の双方がさらなる創意工夫を重ね、踏切事故ゼロを目指してほしいと改めて感じました。

踏切事故は年間200件以上発生

踏切事故は鉄道の連続立体交差化などで年々減少していますが、それでも年間211件(2019年度)も発生しています。行政は踏切事故防止をどう考えるのか。参考になるのが、少し前になりますが国の運輸安全委員会が2016年に公表したニュースレターです。

リポートでは、運輸安全委が調査を手掛けた37件の傾向を解析しました。「列車が通過する直前の踏切に進入」、そして今回の事故にも共通する「トラックやバスが踏切を渡り切れず、車体後部に列車が衝突」が代表的なパターンです。これらを総合して、運輸安全委は事故防止のポイントを「踏切手前では必ずいったん停止、法規を守って通行する」に集約しています。

今回の事故後、安全システムの不備などが報じられましたが、すべては後付けの話。事故防止に「たら」「れば」は禁句かもしれませんが、「ドライバーが無理に脇道を進行しなければ」「トラックが切り返している時点で誰かが非常ボタンを押せば」事故は防げたはずで、その点で「いくらシステムが進化しても、人こそが安全の最後の砦」と改めて実感させられました。

文/写真:上里夏生

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