2年半伸ばした髪〝バッサリ〟切って子どもに贈る 「ヘアドネーション」記者が体験

 誰かの役に立てたら―。寄付した髪が医療用ウィッグ(かつら)に生まれ変わり、小児がん治療や無毛症などで髪を失った子どもに無償で贈られる「ヘアドネーション(髪の寄付)」。記者(26)は2年半髪を伸ばし続け、「寄付」を体験取材してきた。調べてみるとそこには約620人の子どもたちが提供を待っている現状があった。寄付をする中で、ドナーの気持ちを受け取った子どもの思いも知ることができた。(共同通信=田代希和)

ヘアドネーションするため、切った髪の毛を手にする記者=2020年11月

 ▽もったいない

 ヘアドネーションを考えたきっかけは「もったいない」だった。つい数分前までめでてきた髪の毛がカットのたびにゴミ箱に捨てられるのを見て、毎回そう感じていた。ドナーになることを目指し2年半根気強く伸ばし続けた。ヘアドネーションについて調べていくうちに、寄付を待つ子どもたちの切実な現状を初めて知った。

 実は子どもたちの多くは、圧迫感や異物感のためにウィッグを着けたがらない。それでもなぜ医療用ウィッグが必要なのか。考えてみてほしい。街中で髪のない子どもが歩いていたら、つい目で追ってしまわないだろうか。ウィッグを必要とする子どもたちは社会の中で好奇の目にさらされるという。ある美容関係者は「悪意はなくても、じろじろ見られるとつらい。社会の側がそういう問題を抱えている以上、自分たちを守らなければならない」と指摘。ウィッグは彼らが社会に溶け込むために重要な役割を果たすのだ。

 ▽数万人分の髪必要

 ヘアドネーションをするにはどうしたらいいか。寄付された髪によるウィッグ製作を手掛けているNPO法人「JHD&C」(大阪市)に聞いた。

 1人分で一つのウィッグが作れるとの誤解もあるが、実際には一つの製作に50~100人分の髪が要る。現在18歳以下の約620人の子どもたちが提供を待っており、希望する全員に行き渡るためには数万人分の髪が必要だ。

 ヘアドネーションはまず美容室探しから。寄付を受け付けるNPO法人と提携する美容室で髪を切る必要がある。ウィッグ製作のための髪の切り方や縛り方など、ノウハウがあるためだ。「JHD&C」は全47都道府県の約4700店舗と提携しているが、提携していない美容室でも対応してもらえる場合もある。

髪を少量ずつ束ねて、規定の31センチ以上あるか長さを測っていきます

 寄付する髪の毛は「長さが31センチ以上」という条件のみ。長ければ長いほど良い。老若男女を問わず、白髪や茶髪、ブリーチや縮毛矯正などの髪も寄付できる。私の場合はパーマをかけた時の傷みや2年半の月日で、切れ毛や枝毛が目立った。ただ、後に工場でキューティクルを剥がす加工などを施すため、寄付するには全く問題ないということだった。

 ▽いざ「断髪」へ

 まず美容師と切った後のヘアスタイルを相談。少しの湿り気もカビや雑菌の原因になるので、切る前に髪の毛はぬらさない。美容師は少量ずつすくい上げ、手際よく直径約1センチに束ねる。郵送の際に毛束がほどけないようそれぞれをゴムできつく結ぶ。実はこれが結構痛かったりした。顔の周りを囲むように全部で八つの束ができた。

ヘアドネーションのため伸ばした髪の毛を束ねられた記者

 いよいよ“断髪”だ。巻き尺で31センチを測るとあごの横で切ることに。はさみを入れる位置がこんなに高いことは今までなかったため、1束目をカットする時は不安もあった。「ジャキッ、ジャキッ」。顔の近くで切る分、普段よりはさみの音が大きく聞こえた。美容師は束を切り終えると丁寧に台の上に並べ、また次の束へ。一番長い束は41センチを超えていた。

ラスト1束は自分の手で…

 「私が切ってもいいですか」。最後の1束は自分自身でカットした。はさみを入れ、最後の1束が自分の手の中に。八つの束を切り終わるのは予想以上にあっという間だった。

 ▽うれしさと寂しさと…

 腰まで伸ばした2年半の間、寄付をしようと決めていたものの、何度も何度も「あー。もう切りたい!」という気持ちになった。夜勤後睡魔に耐えながら30分かけてドライヤーをし、パサつきのケアなど手入れも大変だった。こんなに伸ばしたのは生まれて初めてで、髪の毛の重さもけっこう負担だった。その葛藤を乗り越えたうれしさや達成感がこみ上げてくる。同時に、台の上に並べられた束を見て少しの寂しさも。ついさっきまで相棒だった私の髪の毛…。

伸ばしてきた髪。鏡などを通さずに直接見ると、なんだか変な感覚。

 全ての束を切り終えると、ジグザグした髪形のままシャンプー。その後は通常と同様にカットやブローを経て終了する。クロスを脱ぐと、肩が一気に軽くなり、首元に当たる風を冷たく感じた。

切ったぞ~!満足感とは裏腹に、思いのほか軽い私の髪…

 八つの束をさらに一つにまとめ、チャック付きの袋に入れた。実際に切り取った髪の量に、1人分はこんなに少ないのかと驚いた。ウィッグを一つ完成させることがいかに大変かを痛感する。「誰かの役に立ちますように」。思いを詰めて、袋の封をした。

 ▽相棒の行き先

 袋に詰めた髪は、自分で「JHD&C」へ郵送すればいいのだが、私は〝追跡取材〟のため持参することにした。

 「JHD&C」の事務所には段ボールが高くズラリと積んである。全国から送られてきた髪の毛を長さごとに分けている。31センチ未満がSS、31~40センチがS、41~50センチがM、51~60センチがL、61センチ以上がLL。

NPO法人「JHD&C」の事務所で長さによって仕分けられた髪。髪色はさまざま

 私の髪の毛は癖毛で少しうねりがあったため、しっかり伸ばした状態で長さを測り「M」の箱に入れた。「バイバイ。3年後誰かの役に立ちますように」。2年半の月日を共にした相棒との別れはちょっとだけ寂しかった。

 髪は、その後中国とタイの工場で染色や整毛、植毛などの工程を経て、一つのウィッグが完成するまで約3年かかるという。

 寄付した髪の毛と同じ長さのウィッグができるわけではない。理由は、ウィッグの核となる無数の穴が開いたネットに毛を通して折り返すためだ。折り返すことで自然な見た目となる。

茶髪や黒髪の束を手にするNPO法人「JHD&C」代表の渡辺貴一さん

 ほとんどのドナーが31センチを超えた時点で寄付する。だが、長髪のウィッグを作るにはそれ以上長さが必要で「50センチ以上など、長い毛は慢性的に不足している」という。

 「JHD&C」では、ウィッグを作る際、職員が希望者の自宅などに出向き頭囲を測っていたが、新型コロナウイルス流行に伴い、接触を避けるため、希望者自身で頭囲を測れるキットを新たに製作した。形が違う五つの帽子でサイズや着け心地を確認し4種の髪形から好みを選ぶ。職員がオンラインや動画で説明もする。この新たな仕組みで受注の効率が上がり、年間約140人への提供数増加を見込む。

「JHD&C」が新たに製作した採寸キット。ウィッグ希望者の自宅へ送る

 アデランスが全国の20~60代の男女約5千人に行った調査によると、「ヘアドネーション」という言葉を知っている人は約半分。そのうち女性の32%が「やってみたい」と前向きな回答をしている。一方で、ドナーが増えない理由として「寄付の条件や方法が分からず、ハードルとなっているため」と同社担当者は分析する。

 ▽女性も、そして男性も

 念願のドネーションができ、頭だけでなく心も軽くなった。誰かの役に立てることのうれしさで心が満ちた。髪を切る時に常々「もったいない」と感じていた私が、髪を切ってこれほどポジティブな気持ちになれたのは初めてだった。

 「JHD&C」からウィッグの提供を受けた女の子の「たくさんの人の気持ちが集まったウィッグだから自分も前向きになれた」との話に、私は胸が熱くなった。「JHD&C」代表の渡辺貴一さんは「ドナーの皆さんの『誰かの役に立ててほしい』という気持ちをつなげるために人毛100%でウィッグを作っている」と語る。

 また次のヘアドネーションをするために、髪を伸ばしたい。女性も、もちろん男性もカットの際の選択肢に「寄付」が加わればいいと心から願う。

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