コロナ禍、2度目の春 長引くパンデミックどう乗り切る? 脆弱な日本の医療、救急専門医からの提言

緊急事態宣言が解除され、名古屋駅をマスク姿で歩く人たち=1日午前

 横浜港に停泊した豪華客船に始まった新型コロナウイルスとの闘いから1年余り。年明けは東京の1日の新規感染者が2000人を超えたが、緊急事態宣言後、感染者数が抑えられ、ワクチン接種も始まった。コロナ禍、2度目の春が訪れたが、日本の医療体制はこの長引くパンデミックを乗り切ることができるのか。救急専門医の立場から対策を提言したい。(名古屋大学病院救急・集中治療部医局長 山本尚範)

 ▽医療へのアクセスは良いが…

 医療崩壊を起こさぬよう、人々は我慢を重ねてきた。感染爆発が起きればどんな医療体制でも崩壊する。だが、我慢している間に日本の医療提供体制は強くなったのか。

 昨年4~5月、東京で救急車の搬送先がなかなか見つからなかった。しかし、グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン(GHC)の調べでは、東京でコロナ患者を受け入れなかった病床や集中治療室(ICU)の多くは前年より空いていた。冬には東京で数千人が入院できず自宅待機。GHCのデータを見ると、昨年2月から11月の東京のコロナ入院患者の大半が酸素投与不要な軽症だった。

山本尚範医師

 日本は世界一の長寿国で、医療へのアクセスは良い。診療所や民間病院は身近で頼れる存在だ。精密検査や先進治療が必要な時は大病院を紹介してくれる。

 しかし、パンデミックには弱い。英国は人口6600万人で4000人の人工呼吸器患者を同時に診ていた。日本は1億2000万人で、全国で重症患者が1000人になるとコロナに限らず受け入れ病院が見つからず、救急車内での心肺停止や在宅死が相次いだ。

 日本の医療システムの特徴は「分散」だ。病院数・病床数とも世界で突出している。人口あたり、米国と同程度の医師、英国より多くの看護師がいるのに、1人の患者を診る医師と看護師の数は先進国で最小だ。一方でICUの病床数は少なく、人口あたり米国は日本の6倍、英国は1・6倍だ。しかも、欧米では看護師1名が重症患者1名をケアするが、日本では看護師1名に重症患者2名で、看護師の負担は倍になる。

 日医総研によると、400床以上の病床を持つ病院は、公立・公的病院の51・6%、民間病院の6・9%に過ぎない。欧米で100床を超えるICUは珍しくないが、日本では大学病院のICUでさえ50床もあれば驚かれる。11床以上の規模を持つICUは全体の20%超に過ぎない。感染防護具を着けて、体格の良い患者の体の向きを変え続けるなど、重症コロナ患者には看護師の人手が普段の倍必要だ。感染予防のために緩衝地帯を作るとスペースも減る。ICU患者の30%以上は大手術後の患者だ。重症コロナ患者を数人受け入れると、病院の重要な収入源でもある大手術が止まる。

集中治療室(ICU)で新型コロナの重症患者の治療に当たる医療従事者=2020年4月、川崎市の聖マリアンナ病院

 ▽「救える命」を救う

 分散した日本の医療資源を有効活用しようとすれば、介護施設、診療所、民間病院、公立・公的病院をひとつの病院のようにみなし、運営する必要がある。指揮命令系統を作り、財務基盤を同じにする。 所属組織にとらわれず、必要なところへ必要な人材を配置出来れば、事態は大幅に改善する。

 厚労省は個別に多額の補助金と診療報酬をつけて、医療機関にコロナ患者受け入れを促してきた。しかし、結果的に多くの医療機関の赤字幅は膨らんだ。補助金を増やしても、各医療機関はそれぞれの事情で身動きがとれない。コロナ禍に限っては、経営を補填し、政府や都道府県の指揮下に置く方が早い。慣れない業務に疲弊し、離職リスクのある看護師や准看護師、看護助手、介護士などの給与を期間限定で倍増し、人材を育て、将来の新たなパンデミックに備えるべきだ。 国難にはそれに見合う大胆な政策が必要だ。

 指揮命令系統を作れるのは行政だけだ。実働指揮はプロに任せるのが良い。指揮官には地域の医療資源を把握し、適宜適切に動かす能力が求められる。

 最適なのは災害医療援助チーム、DMATである。阪神淡路大震災の反省から生まれた災害医療の専門家集団だ。厚労省と救急医を中心に運営している。災害医療とは医療の需要が供給を上回ることだ。地震や津波、テロなどの際に起こる。コロナ患者が急増して医療体制が逼迫する事態は、災害医療に他ならない。

南海トラフの巨大地震を想定した負傷者の搬送訓練で、全国から県営名古屋空港に集まったDMAT=2016年8月

 南海・東南海連動地震で数十万人の負傷者が出たといった想定で実際にヘリコプターや無線、インターネットを駆使し、年に何度も訓練を重ねている。DMATで最も重んじられるのは医療の技術ではない。普段はバラバラで働く医療従事者をひとつに束ねて、効率よく必要とされる被災者のもとへ派遣するcommand and control、つまり、指揮命令系統を確立し、実際に部隊を動かす本部機能である。これがなければ、いかに優秀な外科医や集中治療医がいても「救える命」を救えないのだ。

 災害医療のもう一つの重要なコンセプトは、トリアージである。命の選択ではない。トリアージの本質は救える命を救うために、軽症者に少し順番を待ってもらうことだ。例えば首都直下型地震で、東京に30万人の負傷者が発生したとする。その人たちが全員病院に行けば医療は崩壊する。

 歩ける負傷者を別の場所に移動させる。すぐに命に関わる人、数時間後に急変するリスクが高い人を見つけ、優先して治療する。これがトリアージだ。それを徹底した上で、なおかつ医療資源が足りない場合にのみ、救えない命を選ぶ。あくまで例外だ。軽症者を除外し、医療資源をかき集めるのが先で、既に入院中の人でも急を要さなければ通院に切り替えるなどして退院させ、急変リスクの高い負傷者を入院させる。

 指揮命令系統とトリアージ。この二つがコロナ禍の医療提供体制において不徹底だ。どれだけコロナ重症患者が増えても、通院に切り替えられる入院患者を退院させない。酸素投与不要のコロナ患者を入院させたばかりに、心筋梗塞や脳卒中の患者の搬送先がなくなる。こういう「ちぐはぐな対応」は、全体を見通す指揮所がなく、患者のトリアージができていないから起きる。

 コロナ禍では、自宅での急変兆候の観察、高齢者施設のクラスター予防や起きた際の対応、病院の手配まで保健所におんぶに抱っこだった。しかし、最も医療資源を持っているのは大病院であり、地域に精通しているのは診療所や民間病院だ。保健所には医師や看護師が潤沢にいるわけではなく、クラスター追跡など本来業務がある。DMAT本部はこれら医療資源を統合的・効率的に運用する設計図を描き、全ての利害関係者と意思疎通を充分に図り、最も良い方法を考える必要がある。

 ▽幸運の女神

 国・厚労省の専門家の中に災害医療の専門家を入れるべきだ。感染症や公衆衛生の専門家は感染を抑え込むプロだが、医療提供体制については素人だ。「医療体制の司令塔は都道府県」とする政府や専門家の考えも分かるが、分散した医療資源をひとつの病院のように運用し、離職を防ぐため看護師らの待遇を大幅に改善するという、いわば「有事対応」を資金的・法的に主導出来るのは政府だけだ。その政策立案の中心で災害医療の専門家をぜひ活用してほしい。

ルイ・パスツール

 欧米各国政府は強い緊張感を持っている。ワクチンが広がる前に変異株が広がれば、未曾有の事態となるからだ。みなさんには春の陽光を楽しんでもらいたいが、政治と医療は万が一の事態も想定し、すぐに防波堤を築く準備をすべきである。ワクチンの祖にして細菌学の父、フランスのルイ・パスツールの言葉だ。「幸運の女神は準備している者にしか微笑まない」

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