テイ・トウワ『Future Listening!』を聴いてアルバムという音楽作品への接し方を考える

『Future Listening!』(94)/テイ・トウワ

テイ・トウワが3月3日に4年振り、通算10枚目となるニューアルバム『LP』をリリースした。今週はそのテイのデビュー作『Future Listening!』を紹介する。この作品が発表された時には、世界のクラブミュージックシーンが一躍東京に注目したと言われる名盤中の名盤だ。ダンスビートにブラジル音楽を乗せた、当時は世界的に見ても革新的だったサウンドは改めて聴いてもカッコ良いのだけれど、今回じっくり聴いてみて、この作品にはアルバムならではの味わいがあると感じて、そう感じたことを中心に書いてみた。読み返すと、新作のタイトルに気持ちが引っ張られたところは否めないけれど、それもフィジカルあってこそのことと理解されたし。

アルバム単位で聴くアルバム

この『Future Listening!』を聴き、アルバムという単位で作品を聴くことと、作ることの重要性といったものに今さらながらに気づかされた。今、音楽の聴き方はサブスクが標準であろう。いつでもどこでも気軽に好きな楽曲にアクセスできるようになっている。1億に近い数の楽曲を気軽に聴けるというのは歓迎すべきことではあるのだが、この気軽というのが実はなかなかの曲者である。あまりにも簡単に古今東西の楽曲にアクセスできるようになってしまったがゆえに、もはや必ずしもアルバム単位で楽曲を聴く必要がなくなっている。レコードからCDに、カセットテープからMDに移り変わった時にも似たような傾向はあった。しかしながら、あの時はまだ媒体があったので、例えば、とあるアルバムの2曲目と7曲目を聴きたいとなっても、そのアルバムのレコードやCDを手にするしか術がなかったし、レコードの時は頭出しも面倒なので、自身の体験で言えば結局1曲目から聴いていたような気がする。それがサブスクの時代では検索すれば直接そこにたどり着くわけで、目当ての楽曲を収録したアルバム名すら意識しなくていいことになる。

そうなると、コンセプトアルバムなんてものは過去の遺物となる可能性すらある。最も有名なところで言えば、The Beatlesの『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』。2曲目「With a Little Help from My Friends」は単体で聴いてもいい曲ではあろうが、そのイントロと1曲目のタイトルチューンのアウトロと被っていてこその「With a Little~」であろう(だから、青盤でもそのままなのだろう)。ラストの「A Day In The Life」もその前に「Reprise」があってこそ味わいが増すのだと思う。熱心なThe Beatlesリスナーではない自分でもそう感じる。それこそレコードやCDの時代にも好きな曲だけをカセットテープやMDにダビングして楽しんでいたわけで、必ずしもアルバム単位で音楽を聴かなければならないという法は後にも先にもない。この間、テレビの歌番組を見ていたら「今はYouTubeで音楽を聴く人が多いことを考えると、イントロは飛ばしちゃっていきなり歌で始まるというスタイルが効果的なんですよ」と業界関係者が言っていたくらいだから、今後はアルバムうんぬん以前に、楽曲自体からも何かを削ぎ落としていく方向に進んでいくのかもしれない。

話を戻すと、『Sgt. Pepper's~』の話で示した通り、アルバムを通して聴くことで、個別の楽曲の深みが増す作品は確実にあるし、作り手がそういう意志を持って作ったアルバムというのも確実に存在する。前置きが長くなって申し訳ない。この『Future Listening!』という作品はまさしくアルバムならではのアルバムであることを強調しておきたかったのだ。

このアルバムは一音楽作品として、その流れ、展開が完璧なのではなかろうか。本作の特徴を大掴みにすると、ダンスビートにさまざまサウンドを取り込んで、それまでなかったようなタイプの楽曲をクリエイトしていると言えるが(大掴みにも程がある言い方ですみません…)、決して奔放に何でもかんでも取り込んでいるのではなく、ある程度の規則性というか、指向性を持って創造していることがうかがえる。そこがポイントだと思う。

新しい傾向・感覚のラテン音楽

ここからは収録曲順に見ていく。オープニングはM1「I Want to Relax, Please!」。鋭角的なダンスビートの上にポップなサックスが奏でられるナンバーだ。サンプリングされた英語の台詞(たぶん映画かドラマのそれ)を始めいろいろな音が絡んでおり、当初はやや複雑な印象を受けるかもしれないが、楽曲の中心はキャッチーなサックスのメロディーで、変な意味ではなく、案外シンプルな作りだとは言える。「I Want to Relax, Please!」というタイトルからすると、彼が自然体で臨んだものなのかもしれない。

リラックスと言うところで言えば次曲は聴き手も十分にリラックスできてしまうナンバーと言ってもいい。M2「Technova(La em Copacabana)」はボサノヴァだ。そうは言っても、相変わらずリズムトラックがシャープな印象だし、男性ヴォーカル(というか声。これもサンプリングだろう)があったり、途中ブレイクしてリズムレスになる箇所があったり、単純なボサノヴァといった感じではない。ただ、これもまた、いろんなことをやっているのだが、中心は女性ヴォーカルで奏でられる主メロであり、それがとてもメロディアスで心地良く耳に入る。アウトロ近くではサックスが鳴る。M1とは少し雰囲気の違うサックスではあるものの、耳慣れがあるのか、ここでサックスが出てくることで、妙な安心感を得るような気がする。

M3「Batucada」はMarcos Valleのカバー曲。サンバだ。打楽器“ギロ”をギコギコと鳴らす音が聴く人の心を踊らす。これもまたボサノヴァからサンバという、ブラジル、ラテンつながりということもあってだろう、聴くほうとしても用意ができているようなところがあって、すんなりと聴けるどころか、“待ってました!”とばかりに不思議な高揚感を抱く。主旋律が女性ヴォーカルで、間奏でサンプリングらしい男性の声も入っているので、(そんな言葉はないが)耳覚えがあるのもいいのかもしれない。また、もうあえて言うことでもないかと思うが一応付け加えおくと、根底を支えるリズムやおそらくはギロも切り貼りしたもので、これもヒップホップの手法を取り入れているので、伝統的なサンバではなく、アルバムタイトルよろしく、当該ジャンルの新たなスタイルを提示したものと言ってよかろう。そもそもボサノヴァとは[「新しい傾向」「新しい感覚」などという意味(中略)。サンバ音楽に関する俗語として、他とは違った独特な質感をもつ作品を作る人に対して「あいつのサンバにゃボサがある」などと使い、それらの楽曲を Samba de Bossa などと呼んでいた]というから、このM3「Batucada」はまさにボサなサンバと言えるはずだ([]はWikipediaからの引用)。アウトロ近く、ロック的なドラムが入って、楽曲全体の雰囲気ががらりと変わるのも面白いし、そこも新しさを感じるところでもある。

懐古ではないサイケデリック

そのロックなビートは、M4「Luv Connection」のイントロでのギターにつながっていく。M2、M3と、そこには新しさがあるとはいえ、ベーシックはラテンであったことに対し、ダンスチューンという括りは同じでも、こちらはディスコティック。楽曲全体がキラキラしている。英語詞であることを差し引いても、完全に洋楽っぽい。テイ・トウワのプロとしてのキャリアは米国のハウス・ミュージック・グループ、Deee-Liteのメンバーとしてスタートしているのだから、洋楽っぽさも当然と言えば当然なのだけれど、日本でコンテポラリーR&B;が隆盛を迎えるまでは、ここからまだ4~5年を待たなければならなかったわけで、この時期の日本において、M4「Luv Connection」は相当早かったことになる。キラキラなディスコチューンというところで言えば、電気グルーヴ「Shangri-La」にも通じる空気感があるが、これもまたこちらのほうが3年ばかり早い。また、この楽曲はセクシーな歌もいいのだが、いろんなところにいちいちキャッチーなメロディーが差し込まれていくところがとてもいい。最も耳に残るのは、エレピとストリングスで奏でられる、この楽曲のテーマとも言える旋律だろう。たった2音階の組み合わせ(ちゃんと音符を追ったわけではないので間違っていたらごめんなさい)にもかかわらず、ものすごく耳に残る。楽曲が進むにつれて、概ね8小節毎に巡って来るあのメロディーを待っている自分がいることに気づく。音楽の快楽原則をよく知るテイに弄ばれているかのようだ。

M5「Meditation!」はボサノヴァタッチのリズムから入るものの、アフリカの民族楽器風のパーカッションに電子音、フルート(ちょっと尺八っぽい)などが重なり、そこに女性の声で英語のモノローグ、さらには、フリーキーというか、少しジャジーなベースも鳴っているし、コード弾きのシンセ、アコギ、男性の声と、いろんな音が雑多に入っていく。M4までのポップさはどこへやら、これは前衛音楽っぽい。ただ、男女のヴォーカル(というよりも声)はM1からM4でも必ず聴こえてきたので、これもまた耳馴染みというか、地続き感があるとだし、M5の非ポップさはM6「Raga Musgo」で活きてくるように思う。シタールから始まって、管楽器(サックスとフルートだろうか、これもちょっと尺八っぽい気がする)とシンセで構成されたと思しき、短めのインタールード的なナンバー。これを単体で聴いたら、これも非ポップな前衛的な捉え方としただろうが、M5を前に置くことで、比較的メロディアスであると受け止めることができるように思う。冒頭で述べたアルバム作品ならではの面白さはここにもある。

また、その妙味はM6から続くM7「Son of Bambi」でも発揮されている。M6はシタールで始まると言ってもほんのわずかなのだが、M7で本格化(?)。The Beatlesの「Love You To」ばりに鳴っている。しかも、やはり…と言うべきか、打ち込みのビートに乗せ、8ビットゲーム機のような電子音まで合わせて、決して懐古ではないサイケデリックサウンドに仕上げている。注目なのは、そのシタールが後半に進むに従ってエレキギターに変化していくところ。もともとエレキギターだったものをシタール風にしていたのかもしれないが、ある時点からはっきりと切り替わるのではなく、“アハ体験”的に替わるのが面白い。“あれ? これシタールだったんじゃ…”と思わせる辺り、まさに幻聴のようだ。後半はブラスセクションも入り、これまたしっかりポップに仕上げているのも見逃せないところではある。

さまざまな仕掛けに満ちた作品

M8「Amai Seikatsu(La Douce Vie)」はギターのカッティングが心地良いナンバー。これもボサノヴァタッチのリズムで歌入り、しかも日本語での歌唱である。メインは女性ヴォーカル(たぶん野宮真貴)で、部分的に男ヴォーカルが絡む(たぶんテイ本人)。ムード歌謡的デュエットというと大分語弊があるだろうが、聴く人によってはそんなふうに感じてもおかしくない要素はあると思う。ボサノヴァ。男女の声。ここまで日本語の曲はひとつもなかったのに、不思議な既知感がある。それはM9「Obrigado」にも続いていく。こちらもテンポは緩めだが、ボサノヴァ。ポルトガル語ではあるものの、これまた男女のデュエットだ。間奏で聴こえてくるのはギターだろうが、ちょっとシタールっぽく聴こえるのは気のせいだろうか。おそらく気のせいだろうが、M6から続けて聴いてきた感じだと“あえて音をシタールに寄せているのでは?”と深読みしてしまうところはあると思う。正解かどうかはともかく、アルバム単位で聴いていなかったら気づきもしないことだろう。アウトロ近くで歌詞にある“Obrigado”が“ありがとう”になっていくところも見事。M7でシタールがエレキギターの音に変化していったことを思い出す。

“他にももっとさまざまな仕掛けがあったのではないか? 聴き逃してしまったのでは!?”と思っていると、M10「Dubnova(Part1 & 2)」に辿り着く。こちらはアルバムのフィナーレというよりも、長めの“リプライズ”といったダブミックスで、細かく析したわけでないけれども、M1からM9までの楽曲のトラックを再構築したものと考えて間違いないだろう。どこかサウンドコラージュ的で、ポップさに欠けるきらいはあるものの、そういうタイプの楽曲だから、オープニングからアルバムを聴いてきた者にとっては当然、既知感はある。個々の楽曲において、ここまで説明してきたような、ポップさの肝であったり、サウンドの変化の妙であったりという音楽体験を、それはわずか40分前の出来事だったにもかかわらず、どこか懐かしく感じるような仕掛けがM10「Dubnova(Part1 & 2)」にはある気がする。聴き終わると、もう一度、M1「I Want to Relax, Please!」から聴きたくなる──そんな感覚があるのだ。これもまた、アルバム一作品を通して聴かないと感じることができないものだろう。その辺をテイ・トウワが意図的にやっていたのかどうかは定かではないが、思わずそう考えてしまうような魅力に満ちたアルバムではある。

TEXT:帆苅智之

アルバム『Future Listening!』

1994年発表作品

<収録曲>
1.I Want to Relax, Please!
2.Technova(La em Copacabana)
3.Batucada ※カバー曲で原曲はマルコス・ヴァーリ。
4.Luv Connection
5.Meditation!
6.Raga Musgo
7.Son of Bambi
8.Amai Seikatsu(La Douce Vie)
9.Obrigado
10.Dubnova(Part1 & 2)

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