ニナ・ハーゲン、13歳の脳味噌を正しく魔改造した聖なるマッドサイエンティスト 1982年 6月12日 ニナ・ハーゲンのソロデビューアルバム「ナン・セックス・モンク・ロック」が米国でリリースされた日

今思えば素晴らしい英才教育、兄のラジカセから流れる音楽

私には7歳上の兄がおり、音楽や文学に関しては幼少期にダイレクトに影響を受けた。親が家を買う前、団地住まいだった頃は同室で学習机を並べ、部屋の壁にはケイト・ブッシュのファーストアルバムのポスターが貼られていた。

兄のラジカセから流れるスージー・クアトロ、キッス、ウィングス、荒井由実、ケイト・ブッシュ、ピンク・フロイド、レッド・ツェッペリン等をBGMに、二段ベッドの下段でリカちゃん人形で一人遊びをしていた。今もその辺の音楽を聴くとリカちゃんの小さな白いコーヒーカップとかを思い出す。今思えば素晴らしい英才教育だった。

誰しも、何も考えず呑気に過ごしていただけの子供時代から、急激に感受性が発達してものの見え方・感じ方が様変わりし、ある特定の音楽、文学、映画、絵画等に過剰かつ鋭敏に反応して衝撃を受ける時期があると思う。いわゆる思春期というやつである。

個人差はあると思うが、私は12~14歳くらい、中学時代が一番顕著だった。

気持ちの悪い音楽? 兄の所有するニナ・ハーゲンのテープ

ある夏の日、兄の所有するニナ・ハーゲンのテープを勝手に拝借して聴いていたら、今まで聴いたことのないような気持ちの悪い音楽で、初めて “悪いものを食べた” 以外の理由で胃がキリキリと痛くなった。

他にも、倉橋由美子の初期短編集『人間のない神』冒頭の「雑人撲滅週間」という短編を初めて読んだ時は物凄い頭痛に見舞われたし、テレビで深夜にやっていたATGの映画を観てモヤモヤとした不安を覚え、図書館で借りてきたビアズリーの画集に描かれていた割とリアルな描写の勃起した男性器の絵を見て吐き気を催したりしていた。

俗にいう “楽しげなもの、きれいなもの、ただしいもの” とは違う、得体の知れない何かとの出逢いは、私の場合は常にそうして何らかの身体的な苦痛を伴った。痛いなら、気持ち悪いならやめればいいのに、何度も繰り返し聴いて読んで見るのをやめなかった。折しも身体は成長期を迎え、毎晩膝下の骨が軋む様な痛みで眠れないほど恐ろしい速度で骨格の再形成が進んでいく。後は、女性なら誰もが通過する新たな痛みのステージが待ち構えていた。

不快に勝った好奇心、私の血肉になったニナ・ハーゲンの音楽

今にして思えば、心身共に “刷新” されていたのだと思う。母親から産まれてある程度成長した後、次は自分の意思で自らを成長させる要素を選択し “自分になる” 行程を経る作業。サラの状態のOSを自分で書き換えていく作業。

最初に感じた “気持ち悪さ” は “エキセントリック” という表現に互換され、不快より好奇心が勝り、そのものの最深部に到達する喜びを知り得た。ニナ・ハーゲンの、オペラやカンツォーネに通ずる高い歌唱力とパンクなアプローチ、ドイツ語特有のキレのあるイントネーション、当時の東西ドイツの情勢に翻弄された彼女の生い立ち、それらを反映した楽曲の世界観…。

苦痛を覚えるくらい衝撃的だったものは全部私の血肉になった。今の “私” の基礎はそれらで出来ている。今迄の人生で何度も “刷新” を繰り返してきたがベーシックは変わらない。あんなに私の胃を痛め付けたものが、今や “私” を形成する鉄骨の基盤のひとつなのだ。

パンクでエレガント、ニナ・ハーゲンは本当にかっこいい

Wikipediaを見るとニナ・ハーゲンは「パンクの母」ともいわれているようだ。どんなにエキセントリックであっても、彼女の正攻法の歌唱技術からであろうか、私は彼女からずっとある種の “エレガンス” を感じてきた。パンクでエレガント。本当にかっこいい。

そこから先はもう兄の影響でなく、それらを礎にして自らのダウジングで金脈を掘り当てていった。この時期に知らずともニナ・ハーゲンには早晩遭遇したであろうことは間違いないが、一番多感でナイーヴな状態の脳味噌に影響を及ぼしてくれたのは幸いだったと思う。

「気持ち悪い?… でも次に目が覚めた時には、違うアナタになってるのよ…」

手術台を照らす照明の下で、帽子とマスクの間から真っ黒なアイラインで縁取られたギョロ目の女医がメスを片手に私を見下ろす姿が見える。

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