甲子園でバッテリー組んだ先輩の死… 埼玉武蔵HB・由規投手、活躍見せ少しでも恩返しを #あれから私は

「プレーで活躍する姿を見せることで東北に勇気と元気を与えたい」と話す由規投手

 あの時の記憶を、今も忘れることはできない。2011年3月11日、プロ野球のオープン戦が行われた横浜スタジアム。登板機会のない右腕は試合を見ている最中、突然大きな揺れを感じた。「東北が震源地と聞いた瞬間、落ち着いていられなくなった」。仙台市内の実家に連絡しようとしたが、携帯電話はつながらず、球場の固定電話を使用。1時間以上経ってようやく、家族の無事を確認できた。

 それから約1カ月半後の4月27日。先発予定だった静岡での巨人戦の試合前に、悲報が飛び込んできた。「津波にのまれ、遺体で発見された」。仙台育英高時代にバッテリーを組み、06年の夏の甲子園では共に戦った1学年上の斎藤泉さんの死。その瞬間、「頭が真っ白になった」。だが自分はプロ野球選手。何ができるのか。それは先輩に勝利を届けること。強い決意でマウンドへ向かった。

 激しい雨が降り、本調子ではない中、右腕を振り続けた。5回1失点でまとめ、勝利投手に。「空の上から見守っていてくれた」―。空から落ちる涙雨は、先輩からのエールにもなった。

 今でも斎藤さんの父親とは連絡を取り合う。「高校時代から息子のように気に掛けてくれている。活躍する姿を見せることで、少しでも恩返しをしていきたい」

 日本人最速(当時)の161キロをマークした剛腕も右肩痛に悩み、楽天に在籍した昨季は1軍登板がないまま、自由契約に。トライアウトを受けたが、他球団から声は掛からなかった。

 「もう一度NPBのマウンドに立ちたい」。夢をあきらめきれず、独立リーグでプレーを続けることを選択。今季からBCリーグ埼玉武蔵に活躍の場を移し、NPB復帰を目指す。「東北・仙台で育った一人として、野球を通じて東北の皆さんを勇気づけたい」。節目の年に、埼玉で一歩を踏み出す右腕。ファンを魅了する直球のように、ぶれない被災地への思いを胸に秘め、きょうも投げ続ける。(森本勝利)

■由規(よしのり)

 本名は佐藤由規。1989年12月5日生まれ。宮城県仙台市出身。身長179センチ、体重80キロ。右投左打。仙台育英高では、2年生の夏から3季連続で甲子園出場。2007年ドラフト会議で5球団競合の末、ヤクルトに1位指名で入団。19年からは楽天でプレーし、20年オフに自由契約。今季はBC埼玉武蔵からNPB復帰を目指す。

=埼玉新聞WEB版=

開幕に向けて調整を続ける由規投手

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