いつまでも現在進行形、佐野元春は生粋のロックンローラー! 1982年 11月21日 佐野元春のシングル「スターダスト・キッズ」がリリースされた日

ニューヨークへ旅立った佐野元春と僕らをつないだメディア

■ 1982年11月21日
  シングル「スターダスト・キッズ」リリース
■ 1983年3月18日
  『ロックンロール・ナイト・ツアー』最終公演、中野サンプラザ
■ 1983年4月21日
  ベストアルバム『No Damage(14のありふれたチャイムたち)』リリース
■ 1984年5月21日
  アルバム『VISITORS』リリース

この約1年半は、僕は常に元春のことが頭から離れなかった。ただひたすら新譜が届くのを待ちわびていた時期だ。1983年の3月には中野サンプラザで、『ロックンロール・ナイト・ツアー』の目撃者となった。アンコールで「ニューヨークへ行くんだ!」とステージから叫んだ時の彼の独特のイントネーションがいつまでも耳元で囁かれているように頭の中から離れず、これまでのキャリアにしがみつくことなく新境地を開いていこうとするその気概にティーンだった僕は、生まれて初めて “つまらなくない大人” というものを感じた。

特にニューヨークへ旅立ち『No Damage』がリリースされてから、『VISITORS』が届く1年は、具体的に進化した音を手にすることが出来なかったということもあり、その期待をいつも胸に潜ませながら毎日を過ごしていたように思う。インターネットのなかった時代、ニューヨークの元春と僕らをつないでいたメディアはNHK-FMでオンエアされていた『サウンドストリート(Motoharu Radio Show)』と雑誌「THIS」だった。

佐野元春書き下ろしの詩、滞在中の今を切り取った雑誌「THIS」

CBSソニー出版から発売されていた『THIS』は、「佐野元春ノート」と副題がつけられ、ニューヨークに滞在中4冊が刊行されている。コラージュされた写真と、元春自身が “今” を象徴させるダイアリーのような書き下ろしの詩がメインで、ティーンだった自分にとって、それは抽象的で、難解な部分もあった。

もちろん、そこに綴ってある言葉のひとつひとつが、アレン・ギンズバーグやジャック・ケルアックなど、ビート・ジェネレーションに多大な影響を受け、ニューヨークでまさしく “VISITOR” となった元春の今を鋭角的に切り取ったものだと知るのはずっと後のこと。それでも、そこに表現されるイメージの洪水に身を浮かばせているのがなんとも心地よかった。

この詩で自らの心情を抽象的に、いや、読んだ人の数だけ答えが存在するような手法こそが、プリミティブで熱情ほとばしるストレートなロックンロールで疾走していた初期三部作の元春との決別であったように感じた。そしてこれは『No Damage』の歌詞カードにもすでに表れていた。モノクロにブルーが際立つ二つ折りの歌詞カード。そこに「KIDS」と題された自身の詩… 紙面にはKIDが付くワードが溢れ、こう締めくくっている。

「つまりKIDの口にする言葉は すべて定冠詞付なんだ」

当時の僕は、KIDS(僕ら)の身の回りに起こる出来事は普通のことではなく、すべてが特別なことなんだと解釈した。

焦燥し、迷い、もがき苦しみ、打ちのめされ、それでも疾走する都市生活者の日常。それが元春の楽曲へのモチベーションだったとしたら、このKIDの意味を思索しながら「スターダスト・キッズ」のレコードに針を落とす瞬間こそが、どこにもない自分だけのリアリティで、なんだか神聖な行為だと思えてきたものだ。

生粋のロックンローラー佐野元春、初期の集大成「スターダスト・キッズ」

『BACK TO THE STREET』『Heart Beat』そして『SOMEDAY』。アルバム初期三部作以降にシングルとしてリリースされ、オリジナルアルバムには収録されていない「スターダスト・キッズ」は、僕にとって特別な一曲だ。それは、「アンジェリーナ」「悲しきレイディオ」「彼女はデリケート」「Happy Man」と夜の街を疾走してきた生粋のロックンローラー佐野元春の初期の集大成だと今も思っている。

リリース後には深夜のラジオ、文化放送『ミスDJリクエストパレード』でもヘビロテされていた。この曲がかかる瞬間の高揚感だけを求め、眠い目を擦り、ラジオの周波数を1134に合わせていた。女子大生パーソナリティのキャンディボイスにかぶさり、唸りをあげるようなサックスのイントロが流れると、思わずラジオのボリュームを上げる。静粛した深夜、燻ったティーンの淀んだ部屋の空気が一気に変わる。それは未来への疾走でもあった。

 今夜は みんなきれいな
 Stardust Kids
 本当の真実がつかめるまで
 Carry 0n

先ほどのKIDの話ではないが、僕ら(Kids)のどうしようもないと思える日常も、くすんだように思える事実も、すべては特別な事象であり、いつか本当の真実がつかめる日がくる… と、元春が語りかけてくれるように思えた。

意欲作「VISITORS」、詩に込められた佐野元春の決意表明

そして、この「スターダスト・キッズ」を聴きながら、ラジオから、雑誌からキャッチする元春の今を思索しながら待ち焦がれた「VISITORS」のレコードに初めて針を落とした時の衝撃と言ったら! そこには真夜中を疾走するような元春のロックンロールは影を潜め、革新的でエッジの効いた元春の “今” が詰まっていた。

しかし不思議なことに、当時も違和感はなく、また、自分から離れていったりというネガティブなイメージは一切持たなかった。なぜならそれは、「VISITORS」歌詞カードに掲載されていた、

 すべての幻想を打ちくだくことから始めてみた
 ストリートからストリートに
 真夜中から朝に
 届けるつもりだった花束は
 E.14thの巨大なガベージに
 捨ててしまった

という一節を含む詩からも決意表明を受け取ることができた。そして、変わっていくその姿は、『THIS』に掲載されたリリックからも感じ取ることができたからだ。

疾走するばかりではなく、立ち止まり、思惑し、変わっていく自分を惜しげもなくさらけ出していく元春の姿に “らしさ” を感じた。そして同時にロックンローラー佐野元春の集大成である「スターダスト・キッズ」が特別な楽曲に思えてきた。

一歩踏み出した元春。変わることにより、今の自分のリアルを体現していくそのスタンスは現在に至るまで一寸たりともブレることがない。

2021年3月13日。自らの誕生日にデビュー40周年のアニバーサリーとして武道館のステージに立つ佐野元春。そのステージのオープニングが披露したことのない新曲であっても、なんら不思議なことなはい。いつまでも現在進行形。そういう存在なんだ。佐野元春って。

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カタリベ: 本田隆

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