非行少年を“野放し”にする少年法改正案 罪を犯すおそれのある18、19歳を対象外に

By 佐々木央

少年院の居室のドアノブは外側だけにある。中からは開けられない(フォトジャーナリスト・千島寛氏提供)

 「法律に顔があるとしたら、どんな顔だろうか」。大学の法学部に入学したとき、学部長が歓迎式でそう問いかけた。もちろん新入生に答えを求めたわけではない。自らの法律観・学問観を展開するための切り口として示された問いだった。

 いま、少年法の改正案が国会に提出されている。恩師にならって「少年法に顔があるとしたら、どんな顔だろうか」と問うところから始めたい。

 すると、非行少年に対して時に厳しい顔を見せる少年法が、改正案ではその顔を消し去り、非行少年を野放しにしてしまうおそれが浮かび上がってくる。(47NEWS編集部・共同通信編集委員=佐々木央)

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 かなり多くの人は「少年法は、事件を起こした少年や非行に走った少女に甘い」という印象を持っていると思う。罪を犯してもほとんどの少年は刑罰を免れる。せいぜい少年院に、それもそう長くない期間、入るだけだ。子どもを甘やかす親や、生徒の好き勝手を許す先生の顔が重なる。

 少年法の考え方を端的に示す領域がある。「虞犯(ぐはん)」がそれである。虞犯とは、罪を「犯す虞(おそれ)」。家庭裁判所で少年審判を受ける非行少年の中には、罪を犯した少年だけでなく、罪を犯していない「虞犯少年」が含まれる。

 現代に生きる私たちは、個人の尊厳と自由こそが最高の価値を持つと信じている。だから、理由なく自由を奪われることはあり得ない。それは絶対の原則だ。

 例えば、人を傷つけたり殺したりしたら、捜査・裁判を経て刑務所に送られるだろう。それは自分の犯した罪のせいだから、受け入れざるを得ない。しかし、何もしていないときに「君は人を殺しそうだから」と逮捕されるとしたら、とんでもない人権侵害だ。

 ところが虞犯少年は、罪を犯していないにもかかわらず、そのおそれがあるというだけで、少年審判にかけられる。少年鑑別所や少年院に強制的に収容されることもある。

 自由を奪われることが、どれだけつらいことか。特に20歳にもならない少年少女にとって、たとえ数カ月であっても、家庭や学校、友達から切り離され、見ず知らずの人間との集団生活を強制されるというのは、ひどい苦痛だろう。

 罪を犯してもいない少年に対して、そのような隔離収容を認めているとしたら、少年法は子どもに甘いどころか、非常に厳しい顔を持っているということになる。

盛り場の少年たち(フォトジャーナリスト・千島寛氏提供)

 実際に虞犯少年として少年院に送られるのは、どんな少年なのか。そしてどのような処遇を受けるのか。全国の裁判所職員で組織する全司法労働組合の少年法対策委員会が作成した『18・19歳の事件簿』から、1人の少女のケースを大幅に簡略化して引用する。

 ―A子は地方出身で物静か、男女交際などは別世界のことだった。高校卒業後、都会の中堅企業に就職、会社の寮で暮らしていたが、仕事で大きなミスをして「自分はダメな人間だ」と思い込むようになる。

 その頃、誘われて初めてホストクラブに行く。ホストにチヤホヤされ、その一人を真剣に好きになる。給料の大半を男のために使い、風俗店のアルバイトまでするようになる。

 男はヤクザと関係があり、男の部屋に一緒にいるときに警察が来て、覚醒剤が見つかる。A子と男は逮捕され、会社は試用期間だったので不採用に。両親から「親子の縁を切る」と言われ、ショックを受ける。捜査の結果、A子は嫌疑不十分となる―

 成人ならここで自由の身になるが、18歳のA子はそうならない。引用を続ける。

少年院の寮の内部。少年鑑別所もほぼ同じ構造だという(フォトジャーナリスト・千島寛氏提供)

 ―A子は警察から「虞犯」として家裁に送致され、少年鑑別所に入る。鑑別所の職員は今後について親身になって考えてくれた。家裁調査官はこれまでのことをじっくり聞いて、両親に生活実態や反省している様子を伝えた。付添人弁護士も頻繁に面会に来る。審判で裁判官は「補導委託による試験観察」と決定する。A子は自立援助ホームに住み、そば屋で働く。徐々に立ち直り、調査官や弁護士の協力で、親との関係も修復していく―

 少年鑑別所への収容(観護措置)の後、A子の場合は社会に戻されたが、少年院に送られることもある。

 ドキュメンタリー映画「記憶~少年院の少女たちの未来への軌跡」(中村すえこ監督、2019年)には、実際に虞犯で少年院に送られた18歳の美和(仮名)が登場する。この映画の内容に後日談を加え、監督としての思いも書き加えた中村さんの著書『女子少年院の少女たち』(さくら舎)から、美和に関する部分を紹介する。

中村すえこさん。自らも少年院生活を経験した。映画や著書で「人は変われる」と訴え続ける(本人提供)

 美和は監督のインタビューに答え、1人のホストに600万円も使った、「パパ活」で稼いだと明かす。パパ活と言えば聞こえはいいが、美和の場合、実態は売春である。そのお金で整形手術も繰り返した。だが、刑罰法令に触れたわけではない。

 少年院に送られたことを「なにかの間違いかなって。判断している人たち、おかしいんじゃないかって。非行については、なんも悪いことしてなかったのになんでだろう」と話す。罪を犯していないのに少年院送致になったことは、納得していない。

 しかし、少年院の生活で気づきがあり、内面が変化していく。それまでの美和は、もがいていた。何かを得たい、自分の目の前の世界を変えたい。でも何を得たいのか、何を変えたいのか、分かっていなかった。

 「自分は世の中のことを知っていると思っていたんですけど、そうじゃなかった。600万の大金をホストに使うなんて、どんだけ世間知らずだったんだと」

 「親が本当に私のしたことで傷ついていたんだなってことが面会で伝わってきて、あそこまで傷つけるようなことはもう絶対にしたくないなって」「胸がいたかった。戻って自分に怒りたいって思う。親を見て自分が情けなくなった」

 少年院を出る日の美和の言葉が印象的だ。「自分にとって少年院は悪いところを直すところじゃなくて、知らなかったことを知ることができた場所だった」

 今回の少年法改正案はいくつかの点で、18歳と19歳の少年を少年法の枠から外して成人並みに扱う。そのひとつが虞犯だ。18歳と19歳の少年には、虞犯の規定が適用されなくなる。A子さんも美和さんも罪を犯したわけではないので、18歳以上であれば、取り調べの後、解放されることになる。

 親との関係が悪くなっていたり、家出したりしていたら、たちまち行き場に困ることになり、再び犯罪に近い場所に身を置くことになるだろう。

 改正案によれば、これまでなら非行少年として、家裁の少年審判を受け、生き直すための保護や教育がなされていた少年少女たちが、少年法の枠外に閉め出され、放置される。

 A子さんや美和さんのような人たちが、本当の自分を見つけ、歩んでいくことを助けられないなら、何より彼女たち自身にとって、そして周囲の人や社会にとっても、あまりにも大きな損失だと思う。

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