【中原中也 詩の栞】 No.24「悲しき朝」(詩集『山羊の歌』より)

河瀬の音が山に来る、

春の光は、石のやうだ。

筧の水は、物語る

白髪の嫗にさも肖てる。

雲母の口して歌つたよ、

背ろに倒れ、歌つたよ、

心は涸れて皺枯れて、

巌の上の、綱渡り。

知れざる炎、空にゆき!

響の雨は、濡れ冠る!

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われかにかくに手を拍く……

【ひとことコラム】古くから変わらない春の景色に向かい、必死の思いで自らの歌を歌う詩人の前に、天地を貫く情景が起ち上がる。〈綱渡り〉という表現は中也が訪れていた山口市下小鯖の泰雲寺で行われた修行に基づくとも言われ、その場となった鳴滝には自然石にこの詩を刻んだ詩碑がある。

中原中也記念館館長 中原 豊

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