民間から飛び込んだ省庁「DX人材」の本音

やりがい、困難、次のキャリア

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 中央省庁で働く民間出身の「デジタル人材」が増えてきた。行政デジタル化の鍵として政府が採用を進めている。民から官に飛び込んだ「DX人材」にやりがいや難しさ、退職後のキャリアについて聞いた。(共同通信=小田島勝浩)

 ▽「丸投げ」脱却

 経済産業省は2018年7月「デジタル・トランスフォーメーション室(DX室)」を新設した。民間のITサービスはデジタル技術を使ってどんどん便利になっているのに、行政サービスは対面や書面を求める旧態依然のままで、この差を埋めることが目的だ。新設と同時に民間の転職サイトを通じて外部人材の募集を始め、年に数人のペースで採用してきた。現在、民間出身の主に30~40代の9人が「デジタル化推進マネージャー」として、紙文化が残る省内業務の効率化や、オンライン申請サイトの構築に関わっている。年収は800万~1千万円程度と一般の公務員より高めに設定されている。最長5年の任期付き非常勤職員だ。

 電力系のシステム会社から転職した宮部麻里子さんはその一人で、企業向けの補助金申請サイト「jGrants(ジェイグランツ)」の構築に携わった。

 「あいまいな要件のまま発注したせいで、システムがニーズにマッチせず使えないものになる事態がたくさん起きていました。私たちみたいな人材が、行政と企業の中間に立ち、行政側のニーズをきちんと拾い上げていくことが大事だと思います」

 省庁にはシステムの開発部署がないため、外部の企業に発注して作ってもらうのが基本だ。しかし、システムを分かる人材がいなければ、必要なものを正しく伝えることは難しい。人工知能(AI)など流行の技術を組み合わせれば何かしら良いものができるのではないか、といったふわっとした考えで発注し、企業側もその意を酌んで開発するが、認識やコミュニケーションが食い違い、思い描いていたものにならない悪いサイクルが続いていた。新型コロナウイルス対策の接触確認アプリ「COCOA(ココア)」がつまずいたのも行政側の発注能力が弱かったことが背景にある。民間人材は、こうした「丸投げ」の弊害からの脱却を手助けする役割を担う。

宮部麻里子さん。18年7月入省。「新卒から18年同じ会社に勤め、このままあと20年この会社にいるのだろうかと不安を感じたときにちょうど募集を見つけた。行政の経験はなかったが、新しいことをしていて面白そうだった」

 「jGrants」の開発は「紆余(うよ)曲折だった」と振り返る。しかし、財産になったとも感じる。役所の仕事は全国民や全事業者が対象だ。責任は重いが、やりがいも比例して大きくなる。

 「当初はユーザーの課題がつかめず、どの機能の優先度が高いのか、何ができるとユーザーにとって価値があるのか、正しい判断が下せる状況ではなかった。プロトタイプ(試作)の段階でユーザーテストをして評価をもらい、運用開始後も改善を続けた。仮説・検証を繰り返す作業でした。プロジェクトは注目度が高く、良くも悪くも反応がものすごく来る。うまくいってなかった最初のころは厳しい声に胃が痛かったが、だんだん評価する声も出て、良いサイクルが回り出すと、それが拡散され、面白かった」

宮部さんが関わった「jGrants」のトップ画面

 ▽「これは来年度に回そう」

 役所の仕事ならではの難しさもある。政治的な要請で優先順位が変わり、スケジュールはそのままなのにやることは増えたり、開発の初期段階なのに国民に大々的にアピールされてしまったり、といった声も聞こえる。予算や法律、調達制度など行政機関に求められる厳密さも民間とは大きく異なる。コンサルティング会社や人工知能(AI)関連の新興企業を経て入省した池和諭さんが話す。

池和諭さん。19年7月入省。「前職のコンサルやベンチャー時代にインドや中国、ベトナムなど海外と多くやりとりした。日本と比べると勢いが違う。日本やばいな、という課題感があった。行政勤務の窓が開く機会はあまりないと思い、思い切って飛び込んだ」

 「時間軸は全然民間と違っていて、年度ごとの予算に縛られてゆっくりなんですよね。これは来年度に回そうとか年度単位の話が結構出てくるのは、ちょっと面食らったところではあります」

 「法律に照らして合っている、間違っているという判断をすごくきっちりやる。そのせいで勤務が深夜に及んでしまうこともある。恩恵を被っているのは国民ですが、労力をかけるポイントが(民間とは)違います。また、省庁の調達は、公告を出し、いろいろな業者の声を聞いて、見積もりをもらって、しかも1社じゃ駄目。準備がものすごく大変です」

 こうした調達の問題には、デジタル庁が目指す「内製化」が解決策の一つだという。システムの開発を事業者に頼まず、自らが抱える人材を中心に完成させてしまう。池さんは「海外の事例を見ても、そうなってきているし必須だ」と指摘する。相当数のエンジニアが不可欠で、できるところから徐々に始めることが必要だ。

 ▽若手の援護射撃

 経産省は働きやすいのか。食品会社のIT部門を経て、昨年入省した石井俊光さんが教えてくれた。

 「われわれのような異色の人間に対する強い拒絶感はなくて、『ITが詳しい職員』として扱ってもらっています。何年か継続的に取り組んできた成果だと思います」

 石井さんは予算管理や旅費精算といった省内手続きのデジタル化に関わる傍ら、勉強会やワークショップを開いて、職員のIT技能向上の支援にも力を入れる。22年度からは国家公務員の総合職試験に新たな採用枠が設けられることも決まっている。デジタルに通じた人材が省庁内でも広がっていく可能性がある。

 「デジタルネーティブの方がどんどん入って来ることで、専門人材が解け込んで、空気のように普通に働く状態がやって来る気はしている」

石井俊光さん。20年7月入省。「森永乳業の情報システム部門に長く勤務し引き続きITの世界でチャレンジしたいと考えた。新型コロナウイルスが流行し始め、自分に何かできることがあるのではないか、経産省では大きな広い視点でいろいろなことを考えられるのではないかと思いました」

 もちろん課題もある。池さんは「(職員の中には)デジタルは他人事という人がいないこともない。あとはお任せという感じで、私と発注先企業で何とかするケースがある。そういうのがあると、嫌になっちゃう人もいるのではないでしょうか」と指摘する。民間活用の過渡期と言えなくもない。IT会社を渡り歩き、五つ目の職場としてDX室設置前から経産省で勤務した酒井一樹さんは次のように語ってくれた。

 「行政官の中にも、現状を良く思っていなくて変えようという方は若手を中心にたくさんいます。そういう方々が味方についてくれたり、援護射撃してくれたり、一緒になって頑張ってくれて、われわれもスキルや持ち味を生かせたとすごく強く感じています」

 ▽省庁から自治体へ

 宮部さんは3月で任期を迎え、東京都に転職した。

 「経産省は、しばらくは行政の課題に取り組むことを自分の目標にしていきたいと思うきっかけになりました。補助金の事務をやっている自治体や外郭団体で現場の声を聞く機会がありましたが、行政手続きが非効率なのは一つ一つちゃんと理由があって、これを解決するのは根が深いなと感じて、1回その現場に飛び込んでみたいと思いました。自分自身で、行政の非効率さ、デジタル化できてなくて、紙に埋もれて、という現場を体験して、どうあるべきかを考えられたらいいかなと思いました」

 池さんは任期が1年ほど残る。イノベーションの主体は民間の役目との思いがあり、民間に戻る考えだ。官民の違いに戸惑うことはあったが、現場で自由な環境が用意され、補助金など大きなプロジェクトに携われたことは得難い経験だと感じている。

 ▽失敗から学ぶカルチャーを

 9月創設のデジタル庁は500人のうち100人超を民間から登用する計画だ。採用活動の助言役を務めるIT企業LayerX執行役員石黒卓弥さんに聞いた。

石黒卓弥さん。メルカリの規模拡大期に採用・人事に関わった。

 ―民間のエンジニアの方が行政で働くことの関心が高いようです。

 デジタル庁もそうですが、「変わる」タイミングだなとみなさん思っている。どうせやるなら、変わるタイミングで携わりたいと思うのは普通です。(行政への)期待値はいままでと大きく異なると関わってみて感じます。また、これまではソフトウエアエンジニアが働くポジションがなく、受注側が仕組みを作っていました。中に入って何を作るかを決めていく、そこに直接携われるというのはおそらく今まではなかったと思います。住民票を取りに行く経験は成人であればだいたい1度はある。それがまだ紙だったり、窓口に並んでいたり。コロナ禍で給付金も10万円を配るのにすごく予算がかかった。こういった身近な出来事を変えていくのは大きなモチベーションになっています。

 ―民間人材が活躍できる土壌をつくるには何が重要でしょうか。

 平井卓也デジタル改革担当相はデジタル庁を「ガバメント・アズ・ア・スタートアップ」と表現しています。新興企業は急成長することもあるし、たくさんの失敗をしながら進んでいく。前例がないチャレンジをする中でみんなが石橋をたたいてしまってはスピード感が出ない。デジタル庁も失敗をある程度許容する、失敗から学んでいくカルチャーを組織全体としてつくっていく必要があります。一方で組織が国民の税金で運営されていることを理解するのは大前提です。

 ―官民が一緒に働く上で難しさはありますか。

 私が採用のプロジェクトで関わる限りは「私民間、私役人」みたいな感じは全くありません。互いのバックグラウンドを尊重しながらもバイアスを持たないことが大切。ソフトウエアエンジニアであれば、エンジニアリング的な解決に、行政官はどこをどう通したら物事が進みやすいか一日の長がある。互いの長所をリスペクトするのは大事です。隣のラインが何をやっているか分からないとか、上の方が情報を持ってマネジメントするようなものではなくて、みなが同じような情報を持ちながら進める形ができると意思決定にスピード感が出るはずです。

 ―人材が官民で行き来する環境が理想になるのでしょうか。

 それをつくっていきたいというのがデジタル庁の事務方や採用担当者の思いです。デジタル庁に携わった方が、ほかの行政機関や民間、学術機関で活躍して、「デジタル庁の立ち上げをやった方ですよね」と言われる社会に変わっていくと、見え方が変わってくる。その意味で最初の採用は大事です。マッキンゼー(・アンド・カンパニー)やグーグル、メルカリの卒業生はマーケットから引っ張りだこですが、そういった一つにデジタル庁がなっていくことを、中の人間は理想として考えており、可能性もあると思います。