各国の思惑が交錯する“炭素国境調整措置”って何?世界の気候変動対策最前線

炭素国境調整措置(Carbon Border Adjustment Mechanism, 以下CBAM)とは、気候変動対策が不十分な国からの輸入品に対し、生産過程で排出された炭素の量に応じて、自国と同等の排出負担を課す措置のことです。また、自国企業が気候変動対策の不十分な国へ輸出する際に、輸出品の生産過程で負担した炭素コスト分を還付する場合もあります。

この措置を導入することによって、厳しい排出負担による自国企業の国際競争力の低下や、また企業が自国よりも排出規制の緩やかな国へ生産拠点を移すことで結果的に世界全体の炭素排出量が減少しない「炭素リーケージ」の発生を防ぐことができるとされています。

このように気候変動対策における有力な政策ツールとして期待されるCBAMですが、同措置の導入は事実上の関税強化ともみなすことができるため、各国のCBAMを巡る議論に注目が集まりつつあります。


欧州連合が議論をリード

CBAMの導入に向けた議論が最も進展しているのは、欧州連合(EU)です。EUは、2019年12月に公表した成長戦略「欧州グリーンディール」において、CBAMの導入を検討する方針を示しました。

その後、CBAM導入時の影響評価やパブリックコンサルテーションを経て、現在も法制化に向けた準備が順調に進展中です。今後は、欧州委員会が6月までに具体的なCBAMの法案を提出し、最終的には2023年から導入される見通しです。なお、導入当初は生産工程が比較的複雑でない鉄鋼やセメントなどの品目が対象となるとみられています。

日本を含むその他の国々の対応は

日本では、2月に入り、経済産業省の有識者会議においてCBAMに関する議論が開始されました。同会議において、炭素税、排出枠取引といったその他のカーボンプライシング施策とともにCBAMの検討が進められ、夏ごろをめどに一定の結論が公表される見通しです。

日本以外の国では、カナダがCBAMの導入による利点を検討し、同施策について他国と協議する意向を表明しているほか、英国も多国間でCBAMに関する議論を行う必要性を主張するなど、いくつかの国々はCBAMに関する検討を行うことに前向きな姿勢を示しています。

一方で、EUのCBAMの導入により不利益を被る可能性がある国々等からは反発の声もあがっています。3月中旬、オーストラリアのテハン貿易相は、EUのCBAMが法制化された場合、世界貿易機関(WTO)を通じて反対する意向を表明しました。

CBAMが、WTOの内外無差別や最恵国待遇といった原則に抵触する可能性について、追及するとみられます。他にもロシアや中国などの国々も、CBAMの導入に対し懸念を表明しています。

一転した米国のスタンス

各国がCBAMに対する方針を明確化させていく中、足元で大きくスタンスを転換させたのが米国です。

今年1月に就任したバイデン米大統領は、昨年の大統領選時の公約としてCBAMの導入を掲げていました。また、今月上旬に米通商代表部(USTR)が公表した通商政策報告書においても、今年の通商政策の方針の一つとしてCBAMの導入を検討することが盛り込まれました。そのため、これまでEUでは、CBAMの導入において米国との協調を期待する向きが強まっていました。

こうした状況に変化が生じたのは、今月の中旬です。欧州での外遊を終えたケリー米大統領特使(気候変動担当)が、英メディアのインタビューにおいて、CBAMは気候変動対策の「最後の手段」であり、EUは11月の第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)まで法制化を進めるべきではないと、EUのCBAM導入に対して否定的な見解を示しました。

これまでと一転したメッセージが発せられた背景には、米国国内における気候変動対策強化の困難さがあります。基本的にCBAMを導入するためには、炭素税等により国内の排出主体に対しても排出負担を課す仕組みがなければなりません。しかしながら、炭素税等の厳しい排出削減策には、共和党だけでなく与党である民主党内からも反対する声が上がっているため、米国で実際に導入することは難しいとみられています。

WTOでの議論と4月に控える首脳気候サミットに注目

3月に、WTOにおいて「貿易と環境の持続可能性に関する構造化ディスカッション」の第1回目の会議が開かれました。今後、この場において、CBAMを巡る議論が本格化するとみられています。

このディスカッションにおけるCBAMに関する論点の整理が、将来各国がCBAMを導入する際の制度設計に大きく影響する可能性があるとみられるため、議論の動向を注視していく必要があります。

また、4月に開催予定の「首脳気候サミット」も注目されます。このサミットは、気候変動問題に対する各国のコミットメントの強化を目指すバイデン米大統領が主催する会合で、温室効果ガスの主要排出国の首脳らが集います。この会合において、CBAMが議題の一つとしてあがる可能性は相応に高いとみられます。

CBAMの導入に反対する国が少なくない中、仮にCBAMとWTOルールとの整合性の問題を解決できたとしても、CBAM導入が反対国による報復関税措置を引き起こす可能性も否定できません。こうした事態を回避するためには、CBAMを推進するEUと反対する国々との間での綿密なコミュニケーションが必要となります。

サミットでの国家間の対話を通じて、CBAMに関する国際的な合意の形成に向けた一定の方向性が示されるかが注目されます。

<文:エコノミスト 枝村嘉仁>

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