誰もが快適に利用できる鉄道に 国のバリアフリー整備目標改定 新幹線には車いす用フリースペース

JR東海のN700S車両にも車いすスペースが増設される(イメージ写真:F4UZR / PIXTA)

国のバリアフリー整備基準が、年度替わりに合わせ2021年4月1日から新しくなります。通称・バリアフリー法、正式には「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」という長い名前の法令に基づく整備目標が、2021年3月31日で期限を迎えるため、国(国土交通省)は新しい目標を制定することにしました。

バリアフリー関係ではもう一つ、国の新幹線改正バリアフリー整備ガイドラインが2021年7月1日から施行(適用)され、JR東日本とJR東海はそれぞれの新幹線に車いす用フリースペースを整備する計画を発表しました。最近、駅や車内で車いすの方を見掛ける機会が増えたように思います。鉄道事業者や車両メーカーの努力も大きいのですが、整備基準を示して鉄道業界全体で利用環境を整えるのが国の考え方です。新しい整備基準と事業者が取り組む鉄道バリアフリー、さらには最近注目されるようになった「心のバリアフリー」の話題を集めました。

国の整備目標でエレベーター導入駅が拡大

最初に当たり前のようですが、なぜ整備基準が必要なのか。例えば、車いすで外出する場合、A社の鉄道にあった車両の車いすスペースが、乗り継いだB社になかったら困りますよね。鉄道事業者が異なっていても、同じように利用できるのが本当のバリアフリー。そのために国は基準を示します。

国は20年ほど前、「1日平均利用客数が5000人を超す旅客施設をバリアフリー化する」の基準を定め、自治体に協力を促しました。その結果、それまで「駅の設備は鉄道事業者が自社で整備すべき」としていた自治体も、考えを改めて助成。その結果、エレベーターのある駅が増えました。

国は、同様の考え方でホームドアの整備基準も制定。2021年度から整備が始まるJR常磐線各駅停車ホームへのホームドア導入では、関係自治体が協力するそうです。

急速に進むホームドアの整備(資料:国土交通省)

現行バリアフリー法が施行されたのは2005年で、同年12月に整備目標を盛り込んだ国の基本方針が示されました。2011年4月に方針が改定されて、丸10年になります。10年後の見直しが決まっていたこともあり、国は有識者に諮って新しい目標を定めました。

新しく全国約500駅が整備対象に

新しい基準の目標期間は、2021年4月1日からおおむね5年間。①地方部を含めたバリアフリー化の推進、②聴覚障がい(法律名以外は慣例に従いひらがな表記します)、知的・精神・発達障がいに関わるバリアフリーの見える化、③マスタープラン・基本構想の作成によるバリアフリーのまちづくり、④いわゆる「心のバリアフリー」の推進――の4項目を柱に掲げます。

2021年度からの変更点では、整備対象を従来の1日3000人以上から、「2000人以上の旅客施設」に引き下げというか拡大します。新しく加わるのは、あくまで概数ですが、鉄軌道で最大500駅前後、バスターミナル20施設、旅客船ターミナル15施設、航空旅客ターミナル9施設程度です。

令和元年度までの鉄道駅のほかバス、旅客船、航空旅客(空港)の各ターミナルを合わせた旅客施設のバリアフリー化状況(資料:国土交通省)

鉄軌道駅のホームドア・可動式ホーム柵は、全体で3000番線前後に設置します(2019年度末時点では1953番線)。このうち1日利用客が10万人を超すのは約800番線。2019年度末では半数ちょっとの447番線に整備されます。ホームドアは従来は駅数でカウントしていましたが、ホーム数というか番線数で示したのが目新しい点。ホーム両側に線路があっても、ドアは片側だけの駅もありますからね。

鉄道車両は前後両方に車いすスペース

鉄軌道車両は、総車両数約5万3000両のうち70%をバリアフリー化します。最近の鉄道車両は、前後2ヵ所に車いす用などのフリースペースが用意されますが、これにはちょっとした裏話があります。

一昔前は相互直通運転が始まると、A社は車いすスペースが前方、B社は後方と異なっていて利用客をまごつかせる場面もあったのですが、前後2ヵ所への設置でそうした不都合は解消されました。少々の工夫でバリアフリー化が進む、モデルケースのような話だと私には思えます。

新幹線のフリースペースが増える

車いす用フリースペースが設けられるJR東日本のE7系新幹線(イメージ写真:tarousite / PIXTA)

鉄道車両のバリアフリー化は、新幹線でも進みます。国土交通省は、東京オリンピック・パラリンピックに向けて「新幹線の新たなバリアフリー対策」を検討してきましたが、バリアフリー法に基づく整備ガイドラインが改定され、2021年7月1日から施行されます。JR東日本とJR東海は2021年3月10日、そろって車内の車いすスペースを拡充する方針を公表しました。

JR東日本は、北陸新幹線E7系の新造車両に車いす用フリースペースを採用。2021年7月から一部列車で利用を始めます。E7系普通車には、既に1編成当たり車いす対応座席が1席分または2席分あります。7月からは、さらに7号車の金沢寄りに車いす用フリースペースを4席分設けます。このうち窓側2席分は、車いすに乗ったまま車窓の風景が楽しめます。通路寄り2席分は、希望に応じて隣接する車いす対応座席の提供が可能で、家族旅行などに向きます。

JR東日本E7系のフリースペースイメージ。画像で見ると相当なインパクトがあります。(画像:JR東日本)

JR東海は、2021年4月中旬から新製投入する東海道新幹線N700S車両について、車いすスペースを従来の2席分から6席分に拡充します。同社は既にN700AタイプやN700Sに車いすスペースを設けていますが、新年度に増備するN700Sでは、フリースペースを6席分に拡大してバリアフリー化を進めます。

JR東海の車いす6席化イメージ。同社は駅のバリアフリー化についても進ちょく状況を発表しています。(画像:JR東海)

JR東日本とJR東海は、事前に車両運用をホームページで公表して予約を受け付けるなど、すべての人が利用しやすい鉄道づくりに努めます。

吊り手と荷だなの高さ変える

在来線というか一般鉄道のバリアフリー化も急速に進みますが、ここでは東京メトロの有楽町線・副都心線用17000系車両の新機軸として、車端部の優先席部分のつり手(つり革)と荷棚(網棚)の高さを取り上げます。東京メトロはバリアフリーの観点から、つり手や荷棚の高さに配慮します。

きめ細かくバリアフリー化を進めた東京メトロ17000系電車(画像:東京メトロ)

具体的には図をご覧いただくのが一番ですが、一般席はつり手の高さが1660ミリなのに、車端部は1580ミリと80ミリ低くしています。荷棚も一般席1750ミリなのに対し車端部1700ミリで、50ミリ低くなっています。

東京メトロ17000系は一般席と車端部で荷棚やつり手の高さを変えています。(画像:東京メトロ)

最近の車両は座席の袖仕切りと荷棚をつなぐ金属バイプが整備され、これを「握り棒」と呼ぶのですが、この高さも車端部の方が50ミリ低くなっています。私もつり手の高さが違うのは気付いていましたが、荷棚も変えているのは今回、東京メトロの資料で初めて知りました。

さらにバリアフリーに関係ないかもしれませんが、最近の鉄道車両のつり手は、長手方向のほか荷棚を渡す形で横方向にも設置され、横方向の方が若干高くなっています。人間工学の理論で、鉄道各社は快適な車内環境づくりを進めます。国の整備目標と事業者の創意工夫がクルマの両輪になって、鉄道の利用環境改善が進むことを期待したいと思います。

心のバリアフリーが鉄道やバスによる移動円滑化の鍵

最後は、最近重視されるようになった「心のバリアフリー」。心のバリアフリーとは、いろいろな心身の特性や考え方を持つ人が、理解を深めようとコミュニケーションを取り、支え合うこと表します。内閣府は「公共交通機関利用時の配慮に関する世論調査」の結果を2021年1月に発表していますが、その中から「心のバリアフリー」に関する項目を取り上げましょう。

「心のバリアフリーが広がり、お互いを理解し支え合うことが、公共交通機関による移動円滑化に必要か」の質問では、「そう思う」が96.1%と圧倒的。「そう思わない」は3.5%の少数でした。「心のバリアフリー」を広めるために効果的な取り組みでは、「学校などでの教育」が68.7%でトップ。「テレビ・ラジオでの啓発活動」の61.5%、「車内や駅構内などでのアナウンスやポスターでの啓発活動」の61.4%が続きました。

文:上里夏生

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