ジャスティン・ビーバーは“正義”と題された新作に何を込め、何が変わったのか?

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2021年3月19日に発売となった『Justice』にて、ソロ・アーティストとして史上最年少で8作目の全米1位を獲得したジャスティン・ビーバー(Justin Bieber)。彼は“正義”と題された新作アルバムに何を込め、その中で何を歌っているのか? その理由をライターの新谷洋子さんに解説頂きました。

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2020年9月に“新しい時代、新しいシングル、始まる”というメッセージを添えて、チャンス・ザ・ラッパーをフィーチャーした曲「Holy」を発表し、次のステップを踏み出したジャスティン・ビーバーが、早くも6枚目のアルバム『Justice』をリリースした。パンデミックの最中、フレッシュなサウンドで実験し、『Purpose』以降のパーソナルなソングライティングをさらに究めてこれらの曲を綴った彼。力強い目的意識を窺わせるアルバムの全貌を探ってみた。

13か月で届いた新作アルバム

前作『Changes』のリリースから僅か13カ月、世界中のビリーバーたちがうれしい悲鳴を上げる中、ジャスティン・ビーバーのニュー・アルバム『Justice』が届いた。他の全てのアルバムと同じく全米ビルボード200ナンバーワンを獲得した本作は、『Changes』と接点を保ちながら今までにないアプローチも取り入れており、インターバルこそ短いが、ここにきて彼のモードがまた切り替わったことを示している。

そもそもこんなにスピーディーに新作が生まれたのはなぜかと言えば、もちろんコロナ禍の影響だ。ジャスティンが暮らすLAでは2020年3月半ばからロックダウンが始まり、5月からスタートするはずだったツアーは、あえなくキャンセル。

思いがけなく生まれた時間を彼はアルバム作りに費やし、昨年10月にYouTube Originalsで公開されたドキュメンタリー・フィルム『Justin Bieber: Next Chapter』の中で、次のような発言をしている――「未曽有の出来事が多くの人の人生を一変させてしまった中で、自分は幸運にも仕事を続けられるのだから、人々をインスパイアできる音楽を作りたい」と。

 

アルバムに引用されたキング牧師の言葉

つまり、何らかの形で世界に貢献をしたいという使命感を覗かせていたジャスティンは、完成したアルバムのタイトルに、“正義”を意味する重厚な単語を選んだ。そしてアルバムの中でマーティン・ルーサー・キング牧師の言葉を2カ所で引用している。まずは1曲「2 Much」の冒頭で聴こえる

Injustice anywhere is a threat to justice everywhere
どこかで不正が起きている限り 正義が安泰な場所はどこにもない

という言葉。1963年、人種差別への抗議活動で逮捕されたキング牧師が獄中で綴った公開書簡にある有名なくだりだ。もう1カ所は、ずばり「MLK Interlude」と題された中盤のインタールード。1967年にアトランタの教会で行なわれた説教の音源を用いており、自分が信じるもの、守るべきものが危機にさらされた時に、怖いから、批判されたくないからと、真実や正義のために声を上げられないなら、それは死んでいるのも同然だと説いている。

 

妻への感謝と自分の弱さ

かといってジャスティンは、本作で突如、社会派シンガーに変身を遂げたわけではない。今回も引き続き、自分にとって身近な事柄に目を向けている。そう、メイン・テーマは『Changes』と同様に妻ヘイリーとの関係であり、それが前述した「接点」だ。もっとも、前作は“ウェディング・アルバム”と呼ぶに相応しい作品であり、どこまでも甘いラヴソングをずらりと並べて幸福感で満たしていたのだが、『Justice』は違う。ここにはより複雑なレイヤーがある。

妻を讃え、献身的な愛を繰り返し歌ってはいるものの、例えば「Deserve You」や「As I Am」でのジャスティンは、幸せの裏側で密かに、過去の自分と決別できていないのではないか、妻に相応しくない人間なのではという怖れに震えている。「Unstable」では自分を支えてくれる妻に感謝を捧げながら、まだまだ危うい部分を抱えていることを自覚している。そういう意味で、自分の弱さから目を逸らさない今回の彼は、どん底から再起した『Purpose』のスピリットに立ち返っているように思うのだ。

また、“みんな誰かに頼っていいんだ”と促す「Somebody」や「Hold On」では苦境にある人たちに共感を寄せ、「Ghost」では愛する人を失う哀しみを分かち合う。周囲の人に支えられ、同時に、自らも誰かを支える存在であろうとするそんなジャスティンの歌は、パートナーに対して誠実であること、謙虚な姿勢で精進すること、他者に手を差し伸べることが、今の彼にとっての正義なのだと我々に訴えかけているかのよう。

 

『Changes』でのR&Bからのサウンドの変化とゲスト

他方で、同じく前述した「モードの切り替わり」が聴き取れるのが、サウンド・プロダクションである。『Changes』での彼はR&Bアルバムを作ることにこだわったにもかかわらず、第63回グラミー賞でR&B部門ではなくポップ部門の候補(最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバム賞)に挙がった際には、喜びつつもやんわりと苦言を呈したくらいだった。

その点本作は、『Purpose』に勝るとも劣らないヴァラエティを誇る、ジャンルレスなポップ・アルバムに仕上がっている。例えば「Holy」はゴスペル、「Off My Face」はギター弾き語り、「Ghost」はドラムンベース調で、「Unstable」はエモ・ラップ的な匂いをまとい、「Love You Different」は『Purpose』時代を想起させるトロピカル・ハウスの変形。中でも特に、「Die For You」や「Anyone」ほか多くの曲で大々的に取り入れた80年代テイストが新鮮で、華のあるサウンドはいつもとは種類が異なるキラメキをジャスティンの声に添えている。

プロデューサーについても、その80年代テイストを提供したアンドリュー・ワット(デュア・リパ、マイリー・サイラス)、スクリレックス(レディー・ガガ、ジュース・ワールド)、ベニー・ブランコ(FKAツイッグス、カニエ・ウェスト)といった『Purpose』への参加者の名前が目立ち、そこに新顔――ザ・モンスターズ&ストレンジャーズ(ラウヴ、マルーン5)、ジョン・ベリオン(カミラ・カベロ、セレーナ・ゴメス)、トミー・ブラウン(アリアナ・グランデ、メーガン・ザ・スタリオン)ほか――を交えた形だ。

毎回話題を集めるゲストについても触れておこう。これまでは師のアッシャーを始めマライア・キャリーにニッキー・ミナージュ、ボーイズⅡメン、ドレイクなどなど大物を豪華に配していた彼だが、今回は新進気鋭のアーティストが圧倒的に多い。17歳のオーストラリア人MCのザ・キッド・ラロイ(「Unstable」)、ラップも歌もこなすアメリカ人ドミニク・ファイク(「Die For You」)、クリスチャン・ヒップホップのプロデューサーであるビーム(「Love You Different」)、共にR&B界の新鋭ダニエル・シーザーとギヴィオン(「Peaches」)といった具合に。

「Loved By You」にはタイムリーにも、先頃グラミー賞最優秀グローバル・アルバム賞に輝いたばかりのナイジェリアの若きスター、バーナ・ボーイをフィーチャーしており、まだ広く知られているわけではないこういった面々をゲストに起用することで、スポットライトを当てているようなところがある。これもまた、他者に手を差し伸べる行為と言えるのだろう。

 

MVで表現しようとしたもの

それだけではない。ジャスティンは映像という表現手段も能動的に用いて、さりげなく、かつ分かりやすく、メッセージを発信している。例えば「Holy」のMVでは、コロナ禍で職を失ってとある兵士に助けられる労働者を、「Anyone」のMVではパートナーに励まされてチャンピオンになるボクサーを演じて、“支え合い”というテーマを浮き彫りにした。そして「Hold On」のMVでの役どころは、病気の恋人を救うために銀行強盗を働く男。その恋人役にアジア系の女性を選んだのは、アジア系アメリカ人に対するヘイトクライムが深刻化する中、決して偶然ではないと思う。

ちなみに「Holy」のMVに登場する恋人役はアフリカ系女性であり、彼はアルバム・リリース当日に改めて、貧者の行進(人種差別や貧困の根絶を訴えて半世紀以上活動を行なう団体)、アレキサンドリア・ハウス(ホームレスの女性と子供の保護施設)、ザ・キング・センター(キング牧師の夫人コレッタが設立した社会変革を啓蒙する団体)などなど、弱者を支援する様々な団体へのサポートを表明して、ファンにも協力を呼び掛けている。

そんな風に、自分が伝えたいことを色んな形で詰め込んで送り出した『Justice』のフィナーレに、ジャスティンは「Lonely」を置いた。ビリー・アイリッシュの兄/音楽的パートナーのフィニアスを共作者に迎えたこのシングル曲はご存知の通り、孤独感に苛まれ、誰にも理解されずにひとりでプレッシャーに苦しんでいた10代の自分を回想する、あまりにも哀しい曲だ。

最近の彼は、まさに自分と同じように若くしてスターになって環境の変化に戸惑っていたビリーやショーン・メンデスに対しても、アドバイザー的な役割を果たしていると聞く。10年余りの活動を経て、必ずしもサクセス=ハピネスではないことを痛感させられたジャスティンがこういうアルバムに辿り着いた理由は、最後にそっと収められた「Lonely」が、一番雄弁に物語っているんじゃないだろうか?

Written By 新谷洋子

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ジャスティン・ビーバー『Justice』
2021年3月19日