150キロ先の患者をロボット操作で手術する

弘前大が実験、医師不足に悩むへき地が寄せる期待

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150キロ離れたむつ総合病院のロボットアームを遠隔操作する弘前大の実験の様子=2月(弘前大提供)

 弘前大(青森県弘前市)はこのほど、商用の高速通信回線を使って、150キロ離れたむつ総合病院(同県むつ市)の手術ロボットを操作する実験を行った。高齢化や医療の高度化によって手術の需要が高まる一方、担い手となる外科医不足が進む。特に課題が深刻なへき地では、遠隔手術の技術の実現に大きな期待が集まる。現状を探った。(共同通信=桑島圭)

 ▽100分の1秒

 3Dゴーグルを装着すると、画面には、はるか遠く北の病室の手術台にある練習器具が立体的に映し出された。コントローラーを握って「縫う」「はがす」といった手術に必要な動作をすると、即座にロボットアームが動き、医師の手さばきを忠実に再現した。

 弘前大の実験では、医師が大学内の一室から遠隔操作で、むつ総合病院の手術室のロボットアームを動かした。2施設間は高速通信ネットワークで接続し、操作側の信号や手術室の画像を伝える。これまではデータの遅延が実用化への課題だったが、3月に記者会見した弘前大の袴田健一(はかまだ・けんいち)教授(消化器外科学)は「理論値では問題にならないレベルだ」と評価した。

 外科手術を支援するロボットは、国内では患者と同じ空間内で医師が操作する形式で運用されている。米国で開発された「ダビンチ」が有名で、人の手では難しい細かな作業やぶれが少なく安全に施術ができるとして大学病院などを中心に400台以上が導入済みだ。

 今回の遠隔手術の実験に使われたのは、手術ロボットの開発を手掛けるリバーフィールド(東京都新宿区)が開発中のロボットで、操作する医師に触覚が伝わる仕組みも備えている。

リバーフィールド社が開発中の手術支援ロボット(同社提供)

 ▽棚上げ状態だった研究

 遠隔手術は以前から研究されていた。日本外科学会によると、2001年には米国とフランスとの間で世界初となる臨床例での遠隔手術が行われ、03年以降にカナダでも実施、いずれも成功した。だが、高額な専用回線使用料や通信のセキュリティー、手術の安全性が担保できないことなどから実用化は進んでいない。日本でも海外と接続した実験が行われたが、情報伝達の遅れが解消できず研究は棚上げ状態だった。

 弘前大の実験は、日本外科学会が進める遠隔手術のガイドライン作りに向けた実証研究の一環で、研究が進んだ背景には情報通信技術の飛躍的な発達がある。

弘前大病院(同大提供)

 通信速度やセキュリティーは大きく向上し、19年には国もオンライン診療実施の指針を改定し、遠隔手術の実現に向けた法的環境を整えている。現場で手術ロボットが普及したことで、多様な企業が参入し、遠隔手術への関心が高まったことも原動力となった。

 ▽ラブコール

 遠隔手術が求められる理由の一つとして、外科医不足が挙げられる。日本外科学会の森正樹(もり・まさき)理事長は「相当深刻な状況だ」と指摘する。外科分野ではさまざまな専門領域があり、各都道府県で毎年6人程度の志望者が望ましいとされるが、近年は志望者が1~2人の自治体もあり、外科医全体でも高齢化の傾向にある。森氏は「現状のままでは患者の手術までの期間が延びていきかねない」と警鐘を鳴らす。

 遠隔手術は地方からラブコールが送られている。今回の実験が行われたむつ総合病院は本州最北端の下北半島で中核医療を一手に担っている。一方で交通手段は限られており、大学病院がある弘前市まで車だと3時間、冬場に吹雪になれば往来は困難だ。常勤医師も不足している状況で、2019年度には弘前大からのべ690人の医師の派遣を受けている。

弘前大の袴田健一教授

 遠隔手術が実用化すれば、地元にいながらにして専門的な治療が受けられる。むつ市の宮下宗一郎(みやした・そういちろう)市長は「高度な医療を受けるのに距離的な負担を感じる住民もいる。実証実験や実装は大きな光だ」と期待を寄せる。弘前大の袴田教授は「若手医師が地域の病院で高い技術を積む機会も生まれる。医療の均質化につながる事業だ」と力を込めた。