MMT理論など魔法のマクロ経済学の誘惑~民主主義を愚弄する悪魔(歴史家・評論家 八幡和郎)

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歴史ほどさまざまな切り口で議論される分野もない。学者と言っても文献学と考古学という流れがあるし、日本史、東洋史、西洋史という区分けもある。政治、経済、科学技術、芸術などそれぞれの分野の専門家だって、自分のフィールドの議論では自信をもっている。

そして、文学者は人間心理を読むことにかけては、たしかに、専門家であろう。もちろん、一般人の素朴な疑問に真実が潜んでいることも多い。いろいろな分野の専門家が互いに敬意を持って議論すれば、いいと思うが、なかなかそうはならないのは、辛いところである。

また、通史というようなものを書くとなると、日本ではそれぞれの分野の専門家のオムニバスになることが多いのだが、その結果、巨視的な展望があいまいになる。私は一人で書くことが正しいと思って、世界史、日本史、それに韓国、中国、アメリカ、フランスなど各国の通史を書いて無謀だといわれているがメリットも大きいと思う。

世界史のなかでの日本史をテーマにして4年前に書いた本があるのだが、それをこのほど「最強の日本史100 世界史に燦然と輝く日本の価値」(扶桑社文庫)という題で文庫化するについて、かなり書き直した。なぜかというと、安倍政権の7年半という時代に一区切りがつき、コロナで人々の世界観も変わる中で、現在の状況を踏まえたかったからだ。

私は歴史を書くときは、できるだけ、ごく最近に起きたことまで書く。なぜなら、現在の状況を理解するためにこそ歴史は有意義だからだ。そこで、コロナ、眞子様、ゴーン事件、トランプ退陣まで扱っているのだが、今回は、MMT理論なども踏まえて経済についてもここ数十年のおさらいをした。以下は、本の内容をこうしたネット・メディアの記事向けに手を入れて問題提起にしたい。

借金は返す必要なしという史上最強のマニフェストを競うつもりか

経済政策についてリフレ(金融緩和重視)とかMMT(財政支出増大肯定)といった虫のいいマクロ経済理論を推奨する人も日本では多い。

大平首相の一般消費税導入失敗以来、経済のバブル化を放置したのを始まりに、とっかえひっかえ「魔法の経済浮揚策」を求めてきた。バブルの初期に、マクロ経済のエコノミストのほとんどは、バブルはよくないといいつつ、土地本位制だから、地価が落ちるか落ちないかどうかは分からないが落とせないとかいうわけの分からん説明をしていた。

私は、1990年の正月に、今年あたりそろそろバブル崩壊かと総合雑誌に書いて笑われた(株価については1989年末が最高値。地価は1992年から下落)。私は中古マンションの価格が家賃800ヶ月分になる不動産などのバブル価格は維持不可能で、強いて言えば、ミクロ経済政策の積み重ねで経済成長率を上げることでソフトランディングを図るしかないと言っていた。

金融機関や不動産業界は、ゆっくり下げるべきだといったが、それは、また上がると信じている庶民や中小企業、あるいは地方の人にいまが底値と瞞して売り逃げしたいというだけだった。ただし、総量規制で一気に地価が下がったなどということは事実関係として嘘で、2年間ほど地価は維持され、大企業は売り逃げしたのである。総量規制で暴落したので経営がうまくいかなくなったというのは、失敗した経営者や担当者の言い訳に過ぎない。

一方、ミクロの競争力強化策や効率が高いインフラ整備、教育の近代化、人口増大策には大胆に取り組まなかった。それどころか、「経済成長は悪だ」とまでは言わなくとも「重要でない」というのが大勢だった。

その一方で、「景気回復をなにより望む」というのだったが、景気回復というのは経済成長が戻ることだとは思いつかないのだった。単に、「景気回復は好き」「経済成長のための努力はいや」という与太話だった。

その後、時代ごとに流行の経済理論がもてはやされたが、結果が出るはずなかった。アベノミクスも間違ってはいないが三本の矢の第一の金融と第二の財政でのカンフル剤的な政策に傾斜しすぎで、第三の競争力強化策は大胆さに欠けていたから、雇用情勢の改善という大きな成果はあったが、経済成長率としては低いままだ。

しかも、平成年間は、細川内閣からの混乱期や民主党政権の時期があり、自民党政権下でも野党などの強い要求もあったからでもあるが、安心安全を過度に追及して経済の効率化や成長を阻害し、コストを無視して無駄使いを次々とやってきた。

財政による景気刺激も将来の資産となる価値ある投資かどうかに無頓着すぎた。その結果が、世界最低クラスの経済成長と負担の先送りによる財政難と将来への不安なのである。

さらに、コロナ対策では、欧米も思いきった財政支出をしているが、将来、どうして財源を手当てするのか、悩みながらである。バイデンなどもう増税を語っている。ところが、日本人は収入が減っていない人、外に出ないので支出が減って貯金が増えてる人まで含めて、金よこせの大合唱である。

いずれ増税で返さなくてはいけないと思っていないようだが、そんな国民は世界中で日本人だけで、そのユニークな経済学が正しい可能性は極小だ。

少なくとも、財政赤字を積み上げたら、どこかの転換点で外国人や資本は逃げるし、膨大な借金を返すためには、普通には社会保障を含めた公共サービスの低下を伴うので、国民みんなで負担を分かち合うわけでなく、低所得者に厳しいはずだ。それにインフレになったときに、支出を急に減らせるものでもない。

また、日本経済の問題は、マクロの需要不足だけでなく、産業の競争力やインフラ投資の質、教育など広い意味でのミクロの問題なのであって、マクロ政策で解決できるものは少ない。いってみれば、一定量のガソリンで遠くまで車を走らすのに、省エネ運転技術はそれなりに意味があるが、エンジンや車体の改良の代わりにはならないのと同じだ。

そんな中で、将来の投資になろうがなるまいが、なんでもいいから需要を創り出すためにばらまくという財政資金の使い方が、賢明とは思えない。

私は基本的には、「将来元が取れる投資に使うならいくらでも借金していい」「ただし、当てが外れたら困るので借金はほどほどにしないといけない」「将来元が取れないなら一銭たりとてしないほうがいい」というのが、財政であろうが、家計であろうが基本だと思う。

財政は家計や企業会計と違うところもあるが、共通点のほうがむしろ大きい。マクロ経済を論じるのに金の使い途に無関心なのが理解に苦しむ。

いずれにせよ、平成年間に、中国が経済成長できたのは、1978年に来日した鄧小平が大平正芳のアドバイスをよく聞き、1990年代には朱鎔基らが日本の成功と失敗を地道に研究して模倣したり反面教師にして、突飛でない経済政策を着実にした結果で、韓国も同様だ。

もちろん、日本は明治の富国強兵や戦後の高度成長をそれぞれの時代での先端的な民主主義の下で経済成長を実現したのだから、中韓との比較で世界に胸を張れる国家であり、過度に自虐的になる必要はない。

しかし、日本人が平成の世界最低の経済成長率という大失敗の真摯な反省に立たない限り、令和の時代にあってまた日が昇ることなど期待できるはずがないのである。

そうしたなかで、MMT理論(細かい話でなく世間でそう信じられているものだが)は、財政の借金はいずれ返さなくてはならないという、最後の一線を超える、世論受けにおいては史上最強の経済理論である。

選挙で消費税減税、一律給付金配布、コロナ対策のための支出は青天井でばらまいても何の問題なしと言うし、偉いエコノミストもそう言っているといわれると、反対する理由はないから、現実離れした話をいう候補や政党が強くなるのは当たり前だ。

バブルのときには、不動産値上がりでマイホームが買えない、固定資産税や相続税が上がるから困るという人がいるのが歯止めだったが今度はそれもない。いよいよ、亡国と言わずしてなんだろうか。