ほとんどの人には無害なウイルスが、妊婦のおなかの中にいる赤ちゃんに重い障害をもたらすことがある。母子感染症の一種「先天性サイトメガロウイルス感染症」だ。あまり知られていないこの病気について、自然な形で関心を持つきっかけにしてもらいたいと、母親たちが絵本づくりのプロジェクトに取り組んでいる。(共同通信=吉本明美)
▽妊娠中に初めて感染すると…
この母子感染症の原因となるサイトメガロウイルス(CMV)は、多くの人が幼少期に感染する。何ら悪さをせずに体内にずっと潜んでいることも珍しくないが、大人になるまで感染の機会がなかった女性がたまたま妊娠中に感染すると、ウイルスが胎児に移行して、赤ちゃんに発育不全や神経などの深刻な障害を引き起こす恐れがある。CMV感染による障害がある赤ちゃんは、新生児1000人に1人ほどの割合でいるはずだ、という専門家の推定があるが、現実にはきちんと診断されていないケースがかなりあるという。
なぜだろうか。その理由を「妊婦さんはもちろん、医療現場でも、CMVのことが十分に理解されていないからなんです」と話すのは、CMVと、もう一つ別のトキソプラズマという病原体による母子感染症の子を持つ母親らでつくる「トーチの会」代表の渡辺智美さん(40)だ。
渡辺さんは、2011年に出産した長女が先天性トキソプラズマ感染症と診断されたことがきっかけで、認知度が低い母子感染症について感染リスクを減らすための知識や、重症化を防ぐ方法について啓発することの大切さを痛感し、翌12年に会を立ち上げた。それから9年近く。一部の感染症については、母子健康手帳に妊婦向けの注意事項が掲載されるようになったが、CMVについては、いまだに記載がない。
▽主要な感染ルートは
国内の出産可能年齢の女性はかつて、9割以上がCMVへの感染歴を示す抗体、つまり免疫を持っていたが、近年の研究によると、7割程度に低下しているという。それだけ、妊娠中に初感染するリスクも上がっていることになる。CMVは幼児の唾液や尿中に大量に排出されており、子育て中の妊婦の感染は、世話をしている子どもの唾液や尿に含まれるCMVが、自身の手を介して妊婦の体内に入る「接触感染」が主要ルートとされる。このため、妊娠中は手洗いをしっかりするほか、子どもの食べ残しを食べたり、口の周辺にキスをしたりすることは避けたい。トーチの会のホームページには、妊婦が知っておきたいこうした知識が分かりやすくまとめられている。
渡辺さんらが新たに取り組んでいる絵本プロジェクトは、ホームページを見てくれる人たちだけでなく、より多くの妊婦にアクセスする方法を模索した結果スタートした。トーチの会が2016年に翻訳して出版した、先天性CMV感染症の少女と飼い犬が主人公の米国の物語「エリザベスと奇跡の犬ライリー」を、さらに読みやすい絵本にし、お産を扱う全国の医療機関に届けようというもので、クラウドファンディングで4月25日まで資金の寄付を募っている。「日本人の誰もが先天性CMV感染症を知っている社会にすることが私たちの目標ですが、知るための初めの1歩を、気軽に手に取れる形で作りたいと思いました」と渡辺さんは話している。
▽難聴も注意
CMV感染症については、赤ちゃんが生まれた後にも注意したいポイントがある。症状の一つである難聴の早期発見だ。難聴は早く見つけて適切な治療や支援をすることで、言葉の発達の遅れを最小限にとどめることができる。このため、赤ちゃんの誕生後間もなく、通常は3日以内に「新生児聴覚スクリーニング」と呼ばれる検査が広く行われている。眠っている赤ちゃんに小さな音を聞かせ、機械で反応を検出する検査だ。
この検査で正常な反応がない場合、医療現場では「赤ちゃんの生後3カ月までに精密検査を受けてください」と勧めることになっている。通常ならこのくらいのタイミングで問題ないのだが、もしも原因が先天性CMV感染症である場合、「3カ月後では遅過ぎる」と渡辺さんは言う。
先天性CMV感染症は、赤ちゃんの尿検査で診断する。だが、生まれてからあまり時間がたつと胎内での感染だったのかどうかが分からなくなってしまうため、確実に診断できるのは生後3週間までとされている。難聴の進行を止めることができるかもしれない抗ウイルス薬も存在するが、重い副作用が出る場合もあるので確実な診断が前提となる上、治療を開始できるタイミングも原則として生後1カ月以内とされている。つまり、3カ月後に難聴と分かっても、それからでは、CMVの確定診断も治療も間に合わないことになる。
渡辺さんらは「せっかく聴覚検査をするなら、要精密検査となった場合は、耳の精密検査結果を待たずに赤ちゃんにCMVの検査もすることが大切ではないか。1人でも多く早期診断、早期治療につなげてほしい」と訴えている。
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