宅野誠起(アニメーション監督)- 「さよなら私のクラマー」「さよならフットボール」サッカーに限らないもっと普遍的なものを含んでいる作品

新川先生は言葉遣いが独特だなと思いました。

――アニメ化のお話はいつごろあったのですか。

宅野: 2018年の年末にはお話があって、2019年にはシナリオの打ち合わせをしていたので、『寄宿学校のジュリエット』が終わる前にはお話を頂いていましたね。

――そのころには、新川(直司)先生から原作が完結するというお話は聞いていたのですか。

宅野:最初にお話をさせていただいた時に、原作が近く完結するという事は新川先生がおっしゃっていました。

――原作完結も見据えた上でアニメ化が進んでいった形なんですね。

宅野:そうですね。私たちや編集部の方たちも、みなさんもっと先を見たいという思いはあったのですが、新川先生の中では、あそこで終わることを想定して描かれていたということなので、そのお気持ちを尊重した形になると伺いました。

――宅野(誠起)監督にとって初めてのスポーツモノになりますが、監督のお話を頂いた時のお気持ちはいかがでしたか。

宅野:今までラブコメをメインでやってきたこともあって、新しいことに挑戦したいという欲望が自分の中に生まれつつありました。そのタイミングでお話をいただいた形です。新ジャンルに挑戦できることの嬉しさを感じていました。

――『さよなら私のクラマー』(以下、『クラマー』)を読んだ時の感想を伺えますか。

宅野:じつは、最初に読んだのは『さよならフットボール』(以下、『フットボール』)なんです。

――順番に読んでいったんですね。

宅野:はい。最初に感じたのは恩田希というキャラクターの負けず嫌いな性格の魅力です。この部分が1本の筋として通っているので、アニメにするときはこれを軸として作れるなと思いました。あと、新川先生は言葉遣いが独特だなと思いました。

――言葉遣いのこと、わかります。読んでいてセリフが心に残りますよね。

宅野:画作り・コマ割りも素晴らしいのですが、まずは言葉の方なのかなと思いました。これはアニメ監督の視点になってしまうかもしれませんが、初めて『クラマー』を読んだときは、主人公は誰なんだろうな、とは思いました。

――ワラビーズのメンバー全員が主役って感じですもんね。エピソードによっては相手チームが主役の時もありますし。

宅野:そうなんです。それもあって、TVアニメとしてひとつにまとめるために希の視点を強めにしました。

――映像作品として特別な演出をしているんですね。アニメーションは流れていくもので、漫画と違って戻れないですから、そういった視点の統一も必要になったという事でしょうか。

宅野:そうですね。

間違いなく今まで手掛けた作品の中で一番大変です

――『クラマー』はサッカーの戦術など専門的な知識も盛りだくさんですが、どのように読み解かれているのですか。

宅野:まさに今、想像が足りていなかったなという事をヒシヒシと感じています。私は全くサッカーに縁のない人間で、見るとしたら日本の代表戦を見るくらいですから。

――普通の方はそうですよね。

宅野:勉強はしていますけど、素人が容易くできるものではないぞ、というのを日に日に感じていますね。

――TV中継でもフィールド全体がどういう動きをしているかは見えないですもんね。

宅野:そうなんです。原作も、漫画という表現の上で全体を映すことは少ないですから。ただ、アニメーションにしてしまうと奥が全部見えてくるので誤魔化しが効かないんです。間違いなく今までに手掛けた作品の中で一番大変です。シリーズ構成の高橋ナツコ(以下、高橋)さんも、ドラマ作りに秀でた方ですが、サッカーに関しては私と同じく全くの素人なのでご苦労があったそうです。高橋さんもDAZNに入られてイチからサッカーの勉強をされていると伺っています。

――観ている人の方が詳しいまでありますもんね。サッカーに関してアドバイザーを立てたりはされているのですか。

宅野:ライターチームの中に元放送作家でサッカー番組に携わっていた大草芳樹(以下、大草)さんという方がいらっしゃって、監修を兼ねていただきました。同じく脚本協力で入っていただいているリンリンさんという方もサッカーに詳しい方で、そのお二人に入っていただいて本づくりを進めていきました。演出面では、石井輝(以下、石井)さんという非常にサッカーの好きな演出家の方がいるのですが、その方に入っていただいて棋譜づくりをしていただいて進めていきました。

――脚本・演出ともにアドバイザーが入られているんですね。

宅野:選手たちの動線もそうですが、石井さんは普段からサッカー観戦をよくしている方なので、サッカー好きの視点、例えばガヤや現地での掛け声、応援歌という物から、審判の立ち振る舞いも監修してもらっています。

――確かに、そこも必要になりますね。

宅野:専門性が非常に高くて、難儀しました。私はドラマ作りに専念し、細かい部分は石井さんに手伝ってもらいましたね。

――アニメ化の話を伺ってから原作を読んでも、映像化にそこまでの大変さがあるとは思い至りませんでした。

宅野:『クラマー』はリアル寄りというか、嘘で逃げずにリアルな現代サッカーを追い求めている部分もあって、そこが魅力でもあるので、そのリアリズムを無視するわけにはいかないんです。そういう意味ではこの作品は愚直にサッカーを追及しているので、アプローチが今までのサッカーアニメのようにはいかなかったですね。

――アニメ化にあたって新川先生からこうして欲しいといったリクエストはあったのでしょうか。

宅野:何度かお会いしてお話してますが、具体的なものはないですね。ただ、サッカーが本当に好きだという事はビシビシ伝わってきます。だからこそサッカー表現の手を抜くわけにはいかないなと思っています。

――『クラマー』キャラクターが多いじゃないですか。同じチームだけで見ても11人、監督やコーチに控えも入れるとさらに。それだけの人数がいるとそれぞれのキャラを立たせるのも大変なのかなと思いますがいかがですか。

宅野:そうですね。これは原作の魅力なんですがひとつの話の中でも視点が色々交錯して、色んなキャラクターの内面が語られていく、というのがあるんです。

――そうですね。

宅野:一般的な作品は、ある場所では誰かにフォーカスして、別の場所では別のキャラに、という見せ方になるのですが、『クラマー』は同じピッチ上の連続した時間の中でキャラクターのスイッチングがあるので、技術的な部分で非常に難しかったです。

――試合のスピード感を殺してはいけないですからね。

宅野:そういう意味では仕方ないのですが、ボールがタッチラインを割っても本来であればすぐに試合再開となるのですが、そこで会話やドラマを入れて描いています。原作でもそういった形でキャラクターたちのやり取りやドラマが入っていますね。

――人数が多いとキャストを決めるのも大変ではないかと感じています。声質の近い方が同時に話すと、どのキャラクターが話しているが分からないこともあるのでは、と心配に感じています。

宅野:高校生の話なので15~18歳と年齢が近いため、年齢での差別化は難しかったですね。同じ年代でキャラクターの違いを見せるということでは、声質の高低差でキャラクターごとの特徴を出してもらいました。キャスティングに関しては私の中でのイメージはありましたが、未知数の部分もありました。

――実際に演じていただくことでみなさんの演技が化学反応を起こすという事もありますよね。

宅野:それが、通常は人数の多い作品はアフレコを通して化学反応が起きやすい現場なんですけど、コロナ禍でブースに入れる人数が限定されてしまうことで、掛け合いによる相乗効果は生まれにくくなり、今の状況では不利な作品になっているかもしれません。

――コロナの影響がそんなところにも出てしまったんですね。大人数で集まれないので集団心理を描くのも難しいのではと思いますが、演出で意識されたことはありましたか。

宅野:コロナ禍だからと特に意識したこと事はないです。絡みの多い方は一緒に収録していただけましたし、その辺ではコロナだからという苦労はなかったです。

――みなさんの演技はいかがでしたか。

宅野:演技の上手い方ばかりで、演じていただきたかった方に集まっていただけているので安心感があります。キャラクターをより自分のものとして内面化して演じてくださるので、素晴らしいです。一番嬉しいキャスティングは、鷲巣兼六監督役を演じていただいている山路和弘(以下、山路)さんですね。山路さんにはどうしても演じていただきたかったので、引き受けていただけたのは嬉しかったです。

――それは楽しみですね。鷲巣監督といえば、能美奈緒子コーチに影響を与える役どころですから。

宅野:そうなんです。山路さんと甲斐田裕子さんが一緒になれる時間帯をつくることができ、二人一緒に収録できたのは至福の瞬間でした。

――キャスティングの際に新川先生からリクエストがあったりしたのでしょうか。

宅野:そこもコチラに任せていただいた形です。原作を読んだ時の私のイメージからお願いしました。

小さな気持ちを丁寧に描いているんだなと思います

――こんなコロナ禍の状況ではありますが、女子サッカーの取材などはされたのですか。

宅野:企画が決まってから、なでしこジャパンの公開練習を観に行ったり、なでしこリーグの開幕戦を観に行ったり、女子大学リーグも観に行きましたし、フットサルで女子チームと戦ってみたりもしました。

――実際に試合もされたんですね。

宅野:高校女子サッカーの名門、十文字高校にも取材に行きました。

――生で観られていかがでしたか。

宅野:改めてみんなうまいなと思いました。それは当たり前の事なんですけど、生で観るとそのすごさを実感しましたし、女子サッカーは華があるなと感じました。いやらしい意味ではなく、健康的な美しさを感じました。そこは男子サッカーとは違う良さだと思います。

――日本女子サッカーは世界的に見ても強いですよね。

宅野:とはいえ、いざなでしこリーグの集客が多いかというとそんなに……という部分もあって、そういった女子サッカーの問題点も原作で語られているので、アニメでもしっかりと向き合いたいなと思っています。

――「勝ち続けなければいけない」というセリフは重く感じられますよね。

宅野:『キャプテン翼』は海外でもファンが多いと聞きますから、この作品を機に女子サッカーが盛り上がってくれればいいなという思いもあります。

――そこは漫画・アニメの力の凄さを感じる話ですよね。『クラマー』は高校女子サッカーが舞台なので若い世代の方にも響くのかなと思っています。

宅野:『クラマー』はサッカーを描いていますが、サッカー以外の事をやっている若い人たちにも響いて欲しいなという思いもあります。サッカーに限らないもっと普遍的なものを含んでいる作品だと思っています。

――わかります。『クラマー』のいいところは、裏で支えている人々も含めてみんなが主役になっているという点ですよね。

宅野:そこは新川先生が描きたかったことだと伺いました。あまり表にフォーカスされないようなものをあえて描きたいという気持ちがあったそうで、そういう部分が派手な点取り屋をヒロインに見立てて盛り上げるのではなく、もっと泥臭く、キャラクターそれぞれの小さな気持ちを丁寧に描いているんだなと思います。

――おっしゃるとおり、キャラクターの心情を近くに感じる事が出来る作品です。頑張りが誰かを支える、そこが自分と地続きに感じられるのかもしれないですね。

宅野:そうですね。

――今までに何作ものラブコメを手掛けていることもあって、女性を描くと言えば宅野さんという感じですが。

宅野:それはないです(笑)。今回の『クラマー』ではシリーズ構成の高橋さんが私に欠けている視点を持っていて、作品を支えていただいています。

――その高橋さんの視点について伺えますか。

宅野:これは『フットボール』についての話になりますが、恩田希という主人公は小さい頃、男子とさほど体格差がなかったのですが、中学生になって追い抜かれるという男女の成長の違いの部分で抜きがたい残酷なものがありまして。非常に理不尽ですよね。

――骨格が違ってきますから。そこは『フットボール』ではより強く描かれている部分ですね。弟分だった子に追い抜かれるなど、フィジカルの差を感じてしまう。

宅野:理不尽なものに対する憤りというのが、『フットボール』における希の強い感情です。「私は何で女なのよ」という悔しさを乗り越えいく物語ですね。高橋さんもそういう思いをしたことがあって、それに対する憤りや悔しさはわかるとおっしゃっていたので、その辺は『フットボール』の本づくりにかなり反映されているんじゃないかなと思います。

――どの業界でも男性優位の部分はまだまだ多いですからね。

宅野:『クラマー』の方になると映画とは別の形でどう描こうかというところはあったので、違う難しさはありました。具体的にはどこをクライマックスにするかという事です。描くキャラクターが多いのでドラマ上のひとつの到達点を作りました。複数の主人公がいるという作品なので、その視点がTVアニメではどうしようかという事ですね。

――確かに『クラマー』は誰が主人公と一人には決められない作品ではありますね。

宅野:そこをTVアニメで描く際は、希というキャラクターの視点をひとつの軸にして描こうと高橋さんと進めていきました。そこにも色んなアイデアがありましたが、やっぱりサッカーを見るというよりはキャラクターを見るという構成で間違いないと思っています。そうやってキャラクター周りを厚くしたといいますか、分かりやすく整えた部分はあります。

――青春群像劇を描いたという事ですよね。宅野さんと言えば青春モノを今までにも描かれてきていますが、その面白さは何ですか。

宅野:私の青春は暗かったので(笑)。でも、何かに没頭しているという事は年齢に関係なく青春なんじゃないかなと思います。彼女たちはサッカーの事で頭がいっぱいで、サッカーをやれれば楽しい。不安とかもあるんでしょうけど、それを上回る楽しさがある。没頭できることがあるのが青春だし、アニメもそういう時間を描く物なんだろうなと思います。私も没頭できている時に一番充実感があります。1カットいいカットが出来たときの達成感はいまでもあります。若いころは映画館にいって映画ばかり観ていましたけど、その時間は至福の時間でした。それが私の青春だったのかもしれないですね。

――全力を傾けられるというのは楽しいことですから、それが今なかなかできないのが辛いですね。

宅野:そうですね。個人でできる青春もありますが、みんなと仲間との青春はやっぱり楽しいので、それが今はやりづらい時期になっているのかもしれないですね。根源的に人は熱狂したい生き物だと思っています。サッカーがこれだけ世界中で愛されているのはそういったものがあるからだと感じていて、それはコロナごときでは変わりはしないだろうと思っています。

――そうですね。コロナが長く続いていますが、その気持ちを忘れることはないですから。

宅野:そういう事です。

――宅野監督の作品は光の使い方が凄い綺麗だなと感じました。演出の際に心がけていることはあるのでしょうか。

宅野:題材によって見せ方はもちろん変わりますけど、アニメーションに限らず映像作品にとって光と影というのは大きな武器になると思っています。どこに光を置いてどこに影を置くかというのは、常に意識しています。そういう面では画面設計で今作に入っていただいている田村仁(以下、田村)さんは、非常に光の表現に秀でた方なので田村さんのおかげです。光を使ったアプローチによって説得力を持つ画面にしていただけました。

――同じ表情でも光のアプローチで全く逆の意味になることもありますからね。そこは音もそうだと思いますが。

宅野:そうですね。その点も音楽の横山克さんや音響監督の鶴岡陽太さん、音響効果の森川永子さんに助けていただいています。『フットボール』の劇伴は、希が試合に突入するまでをひとつの旅として見立てて、ロードムービーを意識した楽曲を制作していただいて、観ているコチラ側に心情を伝えられるようにしていただいています。

――いま、現在進行形で制作されていると思いますが、『クラマー』チームの結束力はいかがですか。

宅野:非常に頼もしいです。日々、助けられています。大変ですが始まったからには終わらせるだけですね。

――スポーツに縁がない人でも日本人は何かの形でサッカーに触れたことがあるはずなので、そう考えるとサッカーは凄い力を持っていますよね。その分、サッカー警察が怖い部分もありますが。

宅野:そんな詳しい方にも突っ込まれないようには作っているつもりです。

――『フットボール』『クラマー』で女子サッカーも魅力的だなと気付かされました。

宅野:これをきっかけに女子サッカーを楽しむ方が増えて、競技人口が増えるといいなと思っています。ぜひ、アニメを楽しみにしていてください。

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