松永光弘 引退後生きがいを求め音楽活動を開始「R―1ぐらんぷり」アマチュア部門で優勝!

【写真左】「R―1ぐらんぷり」アマチュア部門でみごと優勝。賞金50万円をゲットした【同右】自ら“発明”したギター?を手に美声を響かせる松永氏。音楽活動再開へ意欲満々だ

【ミスター・デンジャー松永光弘 この試合はヤバかった(最終回)】プロレスを引退したのは正直かなりショックでした。

私は引退後、生きがいを求めてさまよいました。そして引退の3年後の46歳の時に、実は歌を歌いたいと思っていたことを思い出したのです。現役時代に先輩レスラーから「声をつぶしてドスの利いた声にしろ」と言われても従わなかったのはそのためでした。

音楽を始めたいことを身近な人に相談すると「楽器は?」と言われましたが、私は指が変形していてギターが弾けません。そこでベースを特訓して、音楽の世界では邪道視されるベースの弾き語りをやっていました。

そんな時、個性的なミュージシャンが集まる音楽のライブのオファーを安請け合いしてしまったのです。音楽を始めてわずか8か月です。「ベースの弾き語りなんて通用しない。大恥をかく」と焦りました。

ライブまでの3か月間に、体に神経性の皮膚炎をつくり悩みに悩んで編み出した物は、シャベルに弦を張った楽器や、ほうきとちり取りのギターなどの自作楽器でした。

「音楽の世界には楽器を自分で作るという概念がない。これは音楽の世界の革命だ!!」

1曲ごとに楽器を替えて楽しんでもらうスタイルのライブは大成功でした。ライブを見に来たお客さんは「松永さんは音楽を通してプロレスの続きをやっている」と。それから30回くらいのライブ活動を行い、音楽雑誌にも取り上げられましたが、大きく日の目を見ることはできませんでした。

また、音楽には順位を競ったり、他人と比較される場所がないのです。そんな時に地方のテレビ局からオファーが来ました。しかしそれは音楽の番組ではありません。「R―1ぐらんぷり」のチャンピオンも出ている芸人さんの番組でした。

そこで行われた大道芸対決企画で私は3位でしたが、他の出演者から「松永さんの優勝だと思いました。R―1ぐらんぷりに出てください」と言われました。

しかしR―1の応募要項を見ると「音源はCDのみ」と書かれていました。ダメかなと思いましたが、2019年からR―1ぐらんぷりはプロとアマチュアに分かれました。アマチュア部門は、動画の審査なので、細かい規定はなく、とりあえず撮影して出してみましたら、何と300人超の応募者の中から「自作楽器芸」で優勝を勝ち取りました。プロレスを引退後、10年にしての栄冠でした。

私の自作楽器のパクリも出てきていて焦っていましたが、R―1ぐらんぷりアマチュア部門の優勝で、私が本家だと証明できました。私にとってこの優勝は本当にうれしかったです。

今はコロナにより音楽活動が止まっていますが、また再開したいと思っています。 (終わり)

☆まつなが・みつひろ 1966年3月24日生まれ。89年10月6日にFMWのリングでプロレスデビュー。数々のデスマッチで伝説を作り、2009年12月23日に引退試合。現在は現役時代に開店した人気ステーキハウス「ミスターデンジャー」(東京・墨田区立花)で元気に営業中。

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