稲垣潤一がハイトーンボイスで歌う「April」は本当にさわやかな別れの曲なの? 1986年 2月21日 稲垣潤一のシングル「1ダースの言い訳 / April」がリリースされた日。

両A面シングル、稲垣潤一「1ダースの言い訳 / April」

余裕がないくらいの恋じゃないと、恋ではないのかもしれない。

 2人が愛していたのは
 自由という君と僕とのすき間だったね

1986年2月21日発売、稲垣潤一「April」の一節だ。『1ダースの言い訳 / April』の両A面シングルとして発売され、「April」は三洋電機「おしゃれなテレコ」のCMにも使用された。うららかな春の日に、ともに暮らした恋人が家を出て新たなスタートを切る、明るい別れの曲だ。どれほど明るいかというと、サビで手拍子の音が入るほど(笑)。

 April 蒼い陽射しの中で
 素顔のままの君が バスを待っている
 僕のイニシャルの文字 抱えているよ

稲垣潤一の「♪ エ~イプリ~ル」というハイトーンボイスに続く歌詞、歌い出しから晴れやかな情景描写である。私の頭にいつも浮かぶのは、黄色いワンピースに茶色いトランクを抱え、ロングヘアにつばの広い白い帽子をかぶった女性の姿だ。緑の蔦の絡まる建物の前にあるバス停で、帽子を手で押さえつつ、風を受けて、柔らかな髪とスカートの裾がなびいている。

メロディと相まって、春の風の匂いまでも感じられる。曲として大好きで、元バイト先の歌謡曲バーで知ってから良く聞いていた。だけど、今回はこの曲が “本当に” さわやかな別れの曲、なのかをよく吟味したいと思う。

モラトリアムの期限?「2度目の春の訪れ」

この曲に出てくる2人は2年半ほどの同棲を経て、彼女だけがこの街を旅立つ。

別れはふとした拍子にやってくるもので、「描きかけの油絵 君はふいに部屋の壁に倒しながら、Good bye」と、さらりと家を出てしまった。

この部分はいつも、スローモーションで様子が浮かぶ。真剣に気持ちを込めて描いている絵だったら、完成を待たずに家を出るなんてしないわけで、暇つぶしや片手間に描いていた油絵はまさに2人の関係のメタファーだ。

そして問題は、冒頭にも紹介したこの部分。

 2人が愛していたのは
 自由という君と僕とのすき間だったね
 いつでも 少し引いている
 お互いのポーズが素直じゃない

プライドが高い者同士が、執着を出した方が負けだと引いた態度を取った結果、どちらも最後の心の距離だけが詰められず、その方が気楽だと甘んじた。気がつけばそれが日常になっており、未来への展開もなければ、相手に踏み込んで傷つくことも向き合うこともない。

気軽にブレーキを踏める恋は、ある種さわやかで、居心地よくもあったのだろう。相手への思いを自覚することは、それ自体が面倒なものだから。2度目の春の訪れがそのモラトリアムのような時間の期限だったのかもしれない。別れの原因はおそらくこの部分。

 Wedding Bell なんて言葉には
 縛られたくないの と言って
 意地を張った

主人公側は、相手が「意地を張った」と認知しているけれど、実際は違う。相手が結婚に興味がないというのを「意地を張った」と解釈する方がよっぽど意地を張っている。本当は相手に “結婚したい” と思って欲しいのは自分ではないか。そんな感じだから、

 君の名を呼んでも振り向かない
 風の向きに消されたのさ good bye

なんてことになる。風のせいにするくらいなら、もう少し大きな声で呼べばよいのだけど、たぶんそれができている2人だったらこんなことになっていない。

両A面「1ダースの言い訳」と内容が対? どちらも作詞は秋元康

ラスサビの「April 4月になって 僕も本当のこの気持ち わかりかけてた」は果たして、2人の心の隙間を自覚することと、本当は彼女を好きだったこと、のどちらなのだろうと、迷うことがある。ただ私は、後者のような気がしている。

それはこの曲とシチュエーションが両A面のもう一曲、「1ダースの言い訳」と、内容が対になっていると気が付いたからだ。作詞はどちらも秋元康である。

「1ダースの言い訳」には同じように強情な2人が出てくる。だけどケンカをした後残された主人公の方は、ひとりでテレビを見ながら煙草を吸ったり、電話を待ったりと落ち着かない。結局いてもたってもいられず、電話をかけると、相手の方も待ちきれなかったようでワンコールで出る(もちろん相手も待ってないふりを装うのだが)。「April」の2人とは対照的だ。中でも「April」と比較して印象的なフレーズがある。

 愛のバランスでいつも負けるのは
 決まっていつも僕だね

自分の方が弱いことを見せる、ということは、素直な愛の形ではないかと思う。相手の魅力になす術ないほうが、恋として正当な気がする。こう思うと、『1ダースの言い訳 / April』は、強情だけど “負けて” しまうことで手に入れた愛と、相手に対する弱さを見せることが出来ずに引いたポーズを取ったばかりに失った恋の未遂を描いた、魅力的な両A面であることがわかる。

全てが終ってわかった恋心、フェードアウトするコーラスリフレインで確信

これまでずっと、「April」を大人の気軽な恋愛を歌ったさわやかな曲だと思っていた。ただ、今回改めて聴き込んでみて、「April」の主人公は、相手のこと好きだったと思う。だからやっぱり私は、ラスサビの「本当のこの気持ち」は、全てが終ってわかった恋心、で間違いない。だって、曲の後奏は、フェードアウトする中「本当のこの気持ち」のコーラスリフレインでおわるのだから。彼女が抱えていった「僕のイニシャルの文字入りのトランク」は、たぶん彼の気持ちのことだろう。

本当に欲しいものがあったときにどうすればいいのかは、「1ダースの言い訳」の最後にしっかりと示してある。

 Ah Ah 1ダースの僕の愛
 ハートに届いたら
 Ah Ah 1ダースの君の愛
 返してくれるかい

差し出さないと始まらないものってたくさんあるよね。緊急事態宣言も明けた「April」から35年後の春を、みなさんはどう過ごされますか。

あなたのためのオススメ記事
冴え渡るハイトーンボイス、シンガーに徹する道を選んだ稲垣潤一に拍手

カタリベ: 堀アヤ

80年代の音楽エンターテインメントにまつわるオリジナルコラムを毎日配信! 誰もが無料で参加できるウェブサイト ▶Re:minder はこちらです!

© Reminder LLC